土曜日, 9月 18, 2004

末野の鎮守 



本日は寄居は末野に宿泊。
少しよ寄居の中心部からは離れているため穏やかな光景が広がる。
その末野地区の鎮守が末野神社。




秩父鉄道走る 



波久礼駅の近く、西行の戻り橋手前から望む。
歴史ある秩父往還の地に西行の故事を想う。

寄居の空 



思わずソフトクリームを買ってしまう。

浄因寺にて 



足利は東の高野山と呼ばれる古刹でハイキング中。

覚えていますか? 



ここまで新海道からバス通学。
1小は思い出の母校。

空堀川:武蔵村山的情景 



大きな川はないけれど

遊べるほどの河原もありはしないけれど

見る人の在り方次第で大きな流れにも
ちっぽけな小川にもなる

金曜日, 9月 17, 2004

秋らしく 



昨日からグッと涼しくなって雲の形もそれなりに。

里山風景:武蔵村山的情景 



中藤にて。
私の住んでいる新海道も中藤と言った。
中藤村だったという意味だろう。
トトロの森として少しは知られる狭山丘陵に連なる小高い山は、ここが東京都であることを忘れさせてくれる。

木曜日, 9月 16, 2004

興福寺の寺宝が勢揃い 

東京藝術大学大学美術館に18日から木造無著像や世親立像など国宝9件29点、重文22件52点の奈良・興福寺ゆかりの鎌倉期仏教美術が勢ぞろいする。
これは、もう垂涎もの。期間も11月3日までだからたっぷり。
こういうのが見られるなんて日本に生まれてよかった。


実は、近いうちに万葉の都、奈良を訪れる予定。
国宝展を先に見るか、後の楽しみとするか贅沢な悩み。

神明の丘:武蔵村山的情景 


新青梅街道の村山、瑞穂区間が拡張されるという。
行き交う車の量は増えても、里山の原風景はいたる所に残っている。

朝:武蔵村山的情景 


永遠に続くことの意味を
永遠という長さすら考えるには短すぎる時間で
味わなければならないこともある

水曜日, 9月 15, 2004

見てみたい 

府中の熊野神社で行われている武蔵府中熊野神社古墳の発掘で、1つの丸の周囲を6つの丸が囲む「七曜文(しちようもん)」の模様などが刻まれた鉄地の鞘尻(さやじり)が発見されたという。
七曜文というと、陰陽五行思想で太陽、月、木、火、土、金、水を表すもの。
七曜文の鉄地の鞘尻を見てみたくなる。
府中というと、立川から南武線ですぐのところ。
説明会の時に確か別の用事が入っていて古墳もまだ見ていないし。
この古墳は上円下方墳としては日本で最古級、最大級とのことから、なおさら見てみたい。

10月に奈良に出かけようと昨日思い立って、今日、旅行会社に宿の予約に行ったら、もう満杯状態。
来月だと時間があまりないから仕方ないかと諦める。
===>何て実は諦めていなかったり。。。
旅行の計画というのは何ヶ月前から立てるものなのだろうか。

朝のシーン1 at 武蔵村山 


今日も綺麗な雲が浮かぶ

神明にて:武蔵村山的情景 


誰もいない曲がり角を

ひとりだけで曲がる

かどから、ふいに君が現れるような予感

曲がり角の度に心を占める淡い期待

曲がってしまえば予感は期待しない現実に変わる

それでも何度も曲がり角を探しては歩く

火曜日, 9月 14, 2004

花と緑の物語展 

もう、時間がない!
26日まで花や緑をテーマとした近代フランス絵画を東京都現代美術館で楽しむことが出来る。
揃えも揃えたりバルビゾン派、印象派、そしてエコール・ド・パリまで70点。中でも20年ぶりの公開となるルソーの『熱帯風景、オレンジの森の猿たち(1910)』、モネの『睡蓮の池に映った草の影』(1914-17)は要チェック。そしてオルセーからはルノワールの『ガストン・ド・ヴィレール夫人の肖像』(1901)も忘れてはイケない。


いつからバンザイ? 

高知県の橋本知事の「だいちゃんぜよ」で"バンザ?イの歴史"が取り上げられている。
万歳というのは、万年の世までも栄えるように祝うと意味で、綜合葬祭のたまのやのページによると「続日本紀」にある桓武帝の雨乞いに関する記述の中に万歳があることを引いている。
これ以前にも、同じく「続日本紀」の天平17(745)年5月6日の記述に『地震。車駕到恭仁京泉橋。于時。百姓遥望車駕拜謁道左。共稱万歳。」是日。到恭仁宮。』と万歳を唱えたという記述がある。
しかし、たまのやのページにも触れられているように、万歳という言葉自体は非常に古いものの、バンゼイと発音されたのであり、現在のバンザイの直接の起源とは考えられない。
板垣退助率いる自由党が万歳をバンザイと唱えたことも紹介されているが、正式には、このような事柄に正式というのがあるのかどうか不明だけれども、明治22(1889)年2月11日の「明治憲法発布の祝典」の日に、謡曲・高砂の中の「万歳(ばんぜい)」と「万歳楽(ばんざいらく)」という漢音と呉音を組み合わせてバンザイとしたのが始まりとのこと。
ところで、
長崎歴史文化協会による『ながさきの空No.27「万歳三唱の創始者西道仙」』
に万歳三唱を考案した人物の紹介がある(2004/09/14時点)。
『勤皇の志士で儒学者の西道仙が起案したと思われる明治十二年太政官布告に万歳三唱令がある。その細部実施要領は次の通りである。』
とあり、
『万歳の発声とともに右足を半歩踏み出し同時に両腕を垂直に高々と挙げるべし、この際両手指が真っ直ぐに伸びかつ両掌を正しく内側に向けておくことが肝要なり』
と紹介されています。
ですから、これからは作法として右足を半歩踏み出して、バンザーイとしなければなりません。
しかし、1999年12月11日付の日経新聞の記事を紹介している福島大学行政社会学部社会心理学研究室のページ、『各地で偽太政官布告の記事』によると、明治十二年太政官布告万歳三唱令は存在しないとのこと。
バンザイの起源に関するページが多いのも、実社会で万歳三唱令が流布されるという社会現象が起こるのも、バンザイが動作を含めて、一体正確にはいつ始まった定かではないということの反映かもしれない。


武蔵村山の空 



優しい朝の、ふんわりとした雲が浮かぶ空

新青梅街道:武蔵村山的情景 



行きつ戻りつ

過去と未来

流れ行くまま

気の向くまま

周り回って気がつけば

未来と過去が入れ代わり


月曜日, 9月 13, 2004

ピカソ展 

18日から12月12日の長い期間、東京都現代美術館でピカソ(1881-1973)の作風の変貌に焦点を当てた展覧会が開催される。
1925年から1937年を対象とするが、この時期、ピカソはマリー・テレーズという女性との出逢いによって明るい色彩を基調とした作品を生み出した。
パリの国立ピカソ美術館の『庭の中の裸婦』、『コリーダ』、『横たわる裸婦』などの作品を鑑賞できる。

「かなへび」君に遭遇 

「かなへび」がトイレの窓にへばり付いていた。写真に撮れないものかと考えたが止めた。カメラを取りに行っている間にどこかへ行っているかもしれないし、上手いこと、そのままへばり付いていてくれたとして、曇りガラスだから写真に撮るには拙い。といって、窓を開けると、直ぐに逃げてしまうだろう。
こうなっては写真に撮れないし、かなへび君をただただ驚かすということになってしまう。
誰もハッピーではない。
ところで、「かなへび」というと「へび」と誤解される向きも多いと思う。しかし、「かなへび」は、そこいらにいる「とかげ」。普通は「とかげ」と呼ばれていると思う。
都心では「とかげ」自体を見かける機会が少ないのだろうけど、武蔵村山では当たり前のように庭に出没する。もっとも、宅地化がかなり進んでしまったために遭遇頻度という点では下降トレンド。
だから、曇りガラス越しでも"へばり付く"「かなへび」君に会うとちょっぴり嬉しくなる。
週末には、かなり大きなセミに出くわしたし、8月に大津の日吉大社に行った時には白い蛇に遭遇した。
天然動物遭遇率が高くなると嬉しくなる。


赤坂トンネル:武蔵村山的情景 



夜昼と

いふ別知らず

わが恋ふる

心はけだし

夢に見えきや

--大伴家持、万葉集巻四716

想い続けることが無意味だというなら

無意味な時を重ねてもいい

忘れるのは再び無くすことだから

日曜日, 9月 12, 2004

航空祭 


今日は陸上自衛隊立川基地の航空祭。
村山の上空を所沢から立川基地へ、その逆へとヘリコプターや軍用機が飛び交う。

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