火曜日, 9月 14, 2004

いつからバンザイ? 

高知県の橋本知事の「だいちゃんぜよ」で"バンザ?イの歴史"が取り上げられている。
万歳というのは、万年の世までも栄えるように祝うと意味で、綜合葬祭のたまのやのページによると「続日本紀」にある桓武帝の雨乞いに関する記述の中に万歳があることを引いている。
これ以前にも、同じく「続日本紀」の天平17(745)年5月6日の記述に『地震。車駕到恭仁京泉橋。于時。百姓遥望車駕拜謁道左。共稱万歳。」是日。到恭仁宮。』と万歳を唱えたという記述がある。
しかし、たまのやのページにも触れられているように、万歳という言葉自体は非常に古いものの、バンゼイと発音されたのであり、現在のバンザイの直接の起源とは考えられない。
板垣退助率いる自由党が万歳をバンザイと唱えたことも紹介されているが、正式には、このような事柄に正式というのがあるのかどうか不明だけれども、明治22(1889)年2月11日の「明治憲法発布の祝典」の日に、謡曲・高砂の中の「万歳(ばんぜい)」と「万歳楽(ばんざいらく)」という漢音と呉音を組み合わせてバンザイとしたのが始まりとのこと。
ところで、
長崎歴史文化協会による『ながさきの空No.27「万歳三唱の創始者西道仙」』
に万歳三唱を考案した人物の紹介がある(2004/09/14時点)。
『勤皇の志士で儒学者の西道仙が起案したと思われる明治十二年太政官布告に万歳三唱令がある。その細部実施要領は次の通りである。』
とあり、
『万歳の発声とともに右足を半歩踏み出し同時に両腕を垂直に高々と挙げるべし、この際両手指が真っ直ぐに伸びかつ両掌を正しく内側に向けておくことが肝要なり』
と紹介されています。
ですから、これからは作法として右足を半歩踏み出して、バンザーイとしなければなりません。
しかし、1999年12月11日付の日経新聞の記事を紹介している福島大学行政社会学部社会心理学研究室のページ、『各地で偽太政官布告の記事』によると、明治十二年太政官布告万歳三唱令は存在しないとのこと。
バンザイの起源に関するページが多いのも、実社会で万歳三唱令が流布されるという社会現象が起こるのも、バンザイが動作を含めて、一体正確にはいつ始まった定かではないということの反映かもしれない。


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