日曜日, 6月 22, 2008

滝沢馬琴の墓 

<img src="http://www.digistats.net/image/2008/06/bakin.jpg" border="0" hspace="5" class="pict" align="left"/>東京は<a href="http://www.digistats.net/usakoji/m/08/1584.htm">茗荷谷</a>の深光寺に化政天保の頃の流行作家滝沢馬琴(1767-1848)の墓はある。
馬琴の活躍した時代は第11代将軍徳川家斉(在1787-1837)の治世。第8代将軍徳川吉宗の孫で田安宗武の3男の<a href="
http://www.digistats.net/usakoji/m/06/1497.htm
">松平定信</a>(1785-1829)が老中に抜擢され寛政の改革を推し進めた時期にも当たる。
<p>馬琴こと瀧澤興邦は江戸深川海辺橋の東で旗本松平鍋五郎信成の用人瀧澤運兵衛興義の子。馬琴自身も旗本松平家に仕えた。しかし、出奔。深川仲町に暮らして山東京伝の弟子となった。山東京伝が寛政の改革で断筆を余儀なくされると代筆もしている。代表作は何と言っても『南総里見八犬伝』『椿説弓張月』。

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