水曜日, 3月 16, 2005

かっかそうよう 

美と歴史」のサーバーが再びダウン。ここの所、1ヵ月に1回ダウンする状態。
原因を突き止めたつもりだったのだが、再度原因を突き止めるべく鋭意努力。
サーバーが手元にないと確認が隔靴掻痒(かっかそうよう)。
古い話になるけれども、昔のテレビだと映りが悪いとバンと叩いてどうにかなったり、冷蔵庫でも摩(さす)ったりすると元気を取り戻したりした。
この点、パソコンなどは上手くない。
叩いたら文字通り壊れてしまうし、摩っても、ちっともこちらの気持ちは伝わらない。
もっとも、かつての1世代前のテレビやら冷蔵庫やらでも、叩いたりして直ったのは単なる偶然だったのかもしれない。
おそらく、偶々だったと考えたほうが当っているのだろう。
そうこうしているうちに、どうやらサーバーのダウンが原因ではなくてディスク障害が原因と判明。
さて、隔靴掻痒(かっかそうよう)というのは、宋代の禅僧、無門慧開(1183-1260)が著した『無門関』が原典。
この『無門関』、いわゆる公案集で、全部で48の公案が書かれてあり、「東洋的無」あるいは「絶対無」と呼ばれる概念の原典として知られている。
隔靴掻痒(かっかそうよう)は48の公案ではなく、序文の中に出てくる。

「 何ぞ況や言句に滞って解会を覓(もと)むるをや。棒を掉って月を打ち、靴を隔てて痒(かゆがり)を爬(か)く、甚んの交渉か有らん。慧開、紹定戊子の夏、東嘉の竜翔に首衆たり。納子の請益に因んで、遂に古人の公案をもって門を敲く
瓦子(がす)と作し、機に随って学者を引導す。」

と。
ちなみに、この禅宗の古則公案を編纂した『無門関』は1228年に慧開のもとにいた弥衍宗紹が編集し、日本へは臨済宗法燈派の開祖である法燈円明国師(無本覚心[1207-98])が持ち帰って紹介した。
この臨済宗法燈派の本山は和歌山県日高郡由良町の鷲峰山興国寺。


<<一言主>>
○間脳は、視床と視床下部に分かれる。

○視床は、視覚・聴覚などの情報を大脳に中継する役割を担っている。

○視床下部は、新陳代謝とか体温調節、消化など自律神経の中枢。

○視覚や聴覚の中継を行うところが中脳。

○小脳は運動調節や平衡感覚を司る。

○呼吸、循環などの生きて行く上での基本的活動は延髄で行われる。
延髄を蹴ってはいけない。

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