上杉本洛中洛外図屏風

狩野派の代表的な画人である狩野永徳[天文12.01.13〔1543.02.16〕 - 天正18.09.14〔1590.10.12〕]の作品。

画面左下には、赤い船形をした山鉾が描かれている。これは祇園祭の船鉾である。船の形をした特徴的な山鉾の周囲には多数の人々が集まり、祭礼によって京都の町が大きな賑わいを見せている様子が表現されている。山鉾とそれを取り巻く群衆は、祇園祭が京都の都市生活と密接に結びついた大規模な祭礼であったことを示している。

この場面で特に注目されるのは、画面中央付近の建物の内部に描かれた人々である。建物の中では、多数の人物が輪になって踊っている。これは祇園祭の行列や山鉾巡行を描いたものではなく、風流踊りとされる場面である。人々が集団で輪になって踊る姿からは、中世の京都において発達した民衆芸能の様子をうかがうことができる。

風流踊りは、念仏踊りなど中世の民衆的な踊りと深い関係を持つ芸能である。念仏を唱えながら踊る念仏踊りに、華やかな衣装や趣向を凝らした「風流」の要素が加わることで、次第に風流踊りが発達していった。このため、この場面を念仏踊りと関連づけて理解することはできるが、上杉本に描かれた具体的な場面については「風流踊り」とするのが適切である。

風流踊りの場面では、踊る人々の周囲にも多くの人物が描かれている。建物の内部で踊りに参加する者だけでなく、その様子を見たり、祭礼や芸能に関わったりする人々も描かれている。このような描写によって、芸能が一部の専門的な芸能者だけによって行われるものではなく、都市の人々が集まり参加する民衆的な行事であったことが示されている。

画面にはさらに、多数の町家が建ち並んでいる。格子を備えた建物や板葺きの屋根など、当時の京都の町並みが細かく描かれ、建物の周囲や内部にはさまざまな人物が配置されている。祭礼や芸能だけでなく、商業や日常生活の様子まで同時に描かれている点が、洛中洛外図の大きな特徴である。

このように、この場面では、船鉾に象徴される祇園祭と、建物内で行われる風流踊りとが区別して描かれている。祭礼の山鉾、風流踊り、町家、群衆が同じ都市空間の中に配置されることで、16世紀の京都における都市生活の活気が表現されているのである。上杉本洛中洛外図屏風は、名所や建築物を描くだけではなく、祭礼や芸能を楽しみ、仕事をし、町の中を行き交う人々の姿まで描くことによって、当時の京都を生きた都市として捉えているのである。

参照:


'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"

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