上杉本洛中洛外図屏風

狩野派の代表的な画人である狩野永徳[天文12.01.13〔1543.02.16〕 - 天正18.09.14〔1590.10.12〕]の作品。

画面下方には、瓦葺と檜皮葺らしき屋根を持つ塔状の建物が二棟並んで描かれている。これは下京を代表する寺院である因幡堂(平等寺)とみられ、境内らしき区画の周囲には松や常緑樹が茂り、赤い装束の人物や僧形の人物が行き交う様子が見て取れる。当時の庶民の信仰生活の一端をうかがわせる場面である。

画面中央から上部にかけては、板葺・茅葺の低い町屋が軒を連ね、通りには荷を積んだ牛馬を引く人々や、反物・織物のような品を並べて商う商人の姿が描かれている。右上方には、間隔を空けて竹や木の柵、あるいは布を張ったような細長い構造物が整然と並んでおり、晒し布や染物を干す作業風景、もしくは市の露店の一種とみられる。中央やや上には、塀に囲まれた敷地内に複数の建物を配した、比較的規模の大きな瓦葺の屋敷が描かれており、下京にあってもなお一定の格式を備えた武家屋敷の存在を示している。

画面全体には、荷を運ぶ人々、立ち話をする町人、道行く僧侶や武士など、多様な身分の人物が細密に描き込まれている。金雲を挟んで視点を自在に転換させる狩野永徳の手法により、鳥瞰的でありながら人物一人一人の動きまで丹念に描き込む、桃山絵画の精緻な写実性がよく表れている場面である。下京の商業活動と信仰生活、そして武家の存在とが同一画面に共存する様子は、上杉本洛中洛外図屏風が単なる名所図にとどまらず、当時の京都の社会構造そのものを描き出そうとした作品であることを物語っている。

参照:


'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"

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