

狩野派の代表的な画人である狩野永徳[天文12.01.13〔1543.02.16〕 - 天正18.09.14〔1590.10.12〕]の作品。
中世から近世の京都において下京の中心的幹線道路として栄えた三条通の町並みが描かれている。当時の京都は、応仁の乱(1467〜1477)の荒廃から奇跡的な復興を遂げた町衆の活気に満ちており、この通りもまた商業活動の拠点として機能していたことが窺える。画面を横切るように伸びている道が三条通であり、立ち並ぶ町屋の屋根にはまだ瓦ではなく、板葺きに重しの石を載せた素朴な構造が見受けられる。このような当時の建築様式を忠実に描写している点においても、本作は貴重な歴史的資料として極めて高い価値を有している。この場所に展開されている情景は、京都を代表する一大祭礼である祇園祭(祇園会)の山鉾巡行の様子である。初夏の季節を迎えた京都の街を、絢爛豪華に装飾された山車がゆっくりと進んでいる。画面の右側には、ひときわ大きく描かれたきらびやかな鉾が配置されており、民衆がこれを取り囲むように群がっている。巡行する鉾の上には囃子方などの姿が小さく捉えられ、道を行き交う人々は一様に華やかな祭りの熱気に包まれている。永徳は雲の上から都を見下ろす鳥瞰図の視点を用いて、金雲の合間からこの劇的な歳時記の一幕を描き出した。衣服の彩色や人物たちの微細な動きからは、祭りを心から楽しむエネルギーや、当時の京都市井の喧騒がそのまま伝わってくるようである。
参照:
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
