

新古典主義の代表的画家であるジャック=ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis David:1748-08-30 – 1825-12-29)によって、1784年から翌85年にかけて制作された油彩画。
現在はパリのルーヴル美術館に所蔵されている。画面は330×425cmという大画面で、フランス王家の建築物総監であったダンジヴィレ伯爵(Charles-Claude Flahaut de La Billarderie, comte d'Angiviller)の斡旋により、ルイ16世治下の王室美術行政から注文を受けた作品である。ダヴィッドは注文の枠を超えて自らローマに赴き、当地のアトリエで本作を完成させたのち、1785年のサロンに出品して圧倒的な反響を得た。この成功によってダヴィッドの名声は一挙に確立し、彼のもとには弟子が集うようになる。
主題は古代ローマの伝説に取材している。伝えられるところによれば、王政期のローマとアルバ・ロンガ(Alba Longa)の都市国家が抗争した際、両都市はそれぞれ三人兄弟を代表選手として立て、決闘によって戦いの決着をつけることに合意した。ローマ側の代表がホラティウス家(Horatii)の三兄弟であり、対するアルバ側がクリアティウス家(Curiatii)の三兄弟である。厄介なのは、両家が姻戚関係で結ばれていたことで、ホラティウス家の娘カミッラはクリアティウス家の一人と婚約しており、また兄弟の一人の妻はクリアティウス家の出身であった。画面はまさに、決闘に赴く直前、三兄弟が父から差し出された剣を手にして祖国への忠誠を誓う瞬間を描いている。この主題は、リウィウスの『ローマ建国史』に記された逸話に加え、17世紀のピエール・コルネイユによる戯曲『オラース』を経由して当時のフランスの教養層に広く知られていた素材であった。
構図はきわめて明快な幾何学によって統御されている。背景には三つのアーチが等間隔で並び、それぞれのアーチの下に一つの人物群が配される。左側のアーチの下には剣を掲げる父と、それに向かって腕を伸ばす三兄弟が一体となった塊として置かれ、中央のアーチには剣を高く掲げる父が単独で立ち、右側のアーチの下には座り込み、あるいは寄り添って泣き崩れる女性たちの群れが収められている。この三分割された構図は、男性たちの直立し緊張した肢体と、女性たちの弛緩し崩れ落ちる肢体とを対比的に並置することで、義務と感情、公と私という主題上の対立を視覚的な秩序として提示している。人物は舞台の袖に立つ俳優のように浅い前景に並べられ、奥行きよりも平面的な明晰さが優先されている点も特徴的である。
様式面では、輪郭線の硬質さと彫刻を思わせる肉体の量感が際立つ。筆触を残さない滑らかな仕上げ、抑制された色彩、明暗の強いコントラストは、ロココ絵画の柔らかく装飾的な色彩感覚から明確に距離を取るものであり、ポンペイ(Pompeii)やヘルクラネウム(Herculaneum)の発掘に触発された古代趣味、そしてラファエロやプッサンへの傾倒が反映されている。人体はカラヴァッジョ的な陰影のもとで彫像のように屹立し、動きのただ中にありながらも一瞬の静止として結晶化されている。こうした造形上の選択は、感覚的な快楽よりも理性と規範を重んじる新古典主義の理念そのものを体現するものである。
主題の倫理的な核心は、血縁や愛情よりも国家への義務を優先させるべきだという、ストア的でローマ的な徳の称揚にある。三兄弟が示す剛直な姿勢は、感情を抑制し公共善のために自己を投げ出す男性的な美徳の理想として描かれ、これに対して女性たちの悲嘆は、私的な情愛の領域に属するものとして周縁化されている。この主題設定は王権の道徳教化という注文の意図に沿ったものであったが、結果として本作は数年後に到来するフランス革命の担い手たちによって、自己犠牲と公民的献身を称える図像として熱狂的に受容されることになった。ダヴィッド自身も革命期にはジャコバン派の一員として政治に深く関与しており、この絵に込められた古代ローマの徳への希求は、彼の後の画業を貫く一貫した主題であったと言える。
『ホラティウス兄弟の誓い』は、こうした主題選択と造形言語の両面において、それまで支配的であったロココの官能性に代わる新たな絵画の規範を打ち立てた作品であり、フランス新古典主義の出発点として位置づけられている。
参照:西洋美術史
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
