胡椒は食卓の主役にあらず
ITベンダーにとって厳しい時期、あるいは、ともすると時代を迎えつつあるのかもしれません。
それは、皮肉にも、社会に遍くITが普及したことに原因があり、「そして全てがITになった」という状態を目指せば目指すほど変化のスピードも加速するのではないかと思います。
ITProのユビキタス時代に二分解するITサービス市場という記事に以下のようなくだりがあります。
この記事は、ITサービス市場が「ITベンダーにとっての市場」と「アウター市場」に二分化されていきますよということを指摘するもの。
『ユーザーに対して単なる御用聞きであったり,「ICタグの機能はこうで・・・」とITの言葉で話をしていたのでは,相手にされない。彼らは自らのビジネスにどのような意味があるかを知りたいのであり,電話の仕組みを知る必要がないのと同じように,IT技術はブラックボックスでよい』
こう考えると、ユーザーにとっては、ユビキタス機器でもノン・ユビキタスでも良いわけです。
私は普段、電気を使用しています。しかし、変電器がどういう種類のものか知りません。また、送電線に画期的な進歩があるかもしれませんが、そうしたことも残念ながら知りません。
例えば、送電線における鉄製の芯線を光ファイバー製に置き換えようという「インフォワット」(InfoWatt)という動きがあるようです。
あるいは、送電線ではなくて電波で送電しようという動き。これも画期的なのでしょう。しかし、それは最終ユーザーには意識されることはないでしょう。
さて、先の記事は続けて次のように警鐘を鳴らします。
『しかも“顧客の顧客を知る”ぐらいの深い理解が必要だ。それが困難だからこそ,多くのITサービス会社がこの市場に入り込めない。つまり,既存のITサービス業から見て外側の市場になってしまう』
非IT企業が今までの巨額のIT投資によってIT化する動きの中で、ITしか提供できないベンダーはどうするのか。非IT企業はそれぞれのコア・サービスにITというスパイスをふりかけてユーザーに提供します。いわば、中華であれイタリアンであれ、そうしたものと薬味を合わせて食卓に出す。一方、ITベンダーは薬味しか食卓に出さないわけです。薬味が珍しく、貴重でもあった時は、良かったでしょう。でも、いつまでも胡椒を手に取って舐めつづける人はいない。さて、困ったというわけで、胡椒の容器の脇にオマケのようにビーフジャーキーを付けてみる。結局、それをユーザーに売るのは難しい。しかも、胡椒だけを売るのでは既存のIT産業を支えることは出来ない。
ITベンダーを包む漠然とした将来への不安というのはココにあるのではないでしょうか。
森祐治氏のデジタル三種の神器よりも新たなライフスタイルの提案をにも非常に鋭い指摘があります。『デジタル三種の神器は目新しい商品というよりも、何らかの意味において代替商品という位置づけであり、価格の問題から「全世帯普及」は望めない商品である可能性が高い。であれば、国内市場だけであっても、飽和するのに時間はかからない』
この点は真摯に受け止める必要があります。
表面で起きているブームは『消費者の家電ライフスタイル』を何ら変えていない。その為に、『来年までの市場は好調であっても、それは前世紀の勢いを借りているだけ』という状況になる、そう指摘しています。
まだ、手を打っていないITベンダーは、自らの耳だけに心地よいフレーズの羅列に酔いしれるのではなく、そろそろ自らの存在価値を真剣に考えないといけないのかもしれません。
それは、皮肉にも、社会に遍くITが普及したことに原因があり、「そして全てがITになった」という状態を目指せば目指すほど変化のスピードも加速するのではないかと思います。
ITProのユビキタス時代に二分解するITサービス市場という記事に以下のようなくだりがあります。
この記事は、ITサービス市場が「ITベンダーにとっての市場」と「アウター市場」に二分化されていきますよということを指摘するもの。
『ユーザーに対して単なる御用聞きであったり,「ICタグの機能はこうで・・・」とITの言葉で話をしていたのでは,相手にされない。彼らは自らのビジネスにどのような意味があるかを知りたいのであり,電話の仕組みを知る必要がないのと同じように,IT技術はブラックボックスでよい』
こう考えると、ユーザーにとっては、ユビキタス機器でもノン・ユビキタスでも良いわけです。
私は普段、電気を使用しています。しかし、変電器がどういう種類のものか知りません。また、送電線に画期的な進歩があるかもしれませんが、そうしたことも残念ながら知りません。
例えば、送電線における鉄製の芯線を光ファイバー製に置き換えようという「インフォワット」(InfoWatt)という動きがあるようです。
あるいは、送電線ではなくて電波で送電しようという動き。これも画期的なのでしょう。しかし、それは最終ユーザーには意識されることはないでしょう。
さて、先の記事は続けて次のように警鐘を鳴らします。
『しかも“顧客の顧客を知る”ぐらいの深い理解が必要だ。それが困難だからこそ,多くのITサービス会社がこの市場に入り込めない。つまり,既存のITサービス業から見て外側の市場になってしまう』
非IT企業が今までの巨額のIT投資によってIT化する動きの中で、ITしか提供できないベンダーはどうするのか。非IT企業はそれぞれのコア・サービスにITというスパイスをふりかけてユーザーに提供します。いわば、中華であれイタリアンであれ、そうしたものと薬味を合わせて食卓に出す。一方、ITベンダーは薬味しか食卓に出さないわけです。薬味が珍しく、貴重でもあった時は、良かったでしょう。でも、いつまでも胡椒を手に取って舐めつづける人はいない。さて、困ったというわけで、胡椒の容器の脇にオマケのようにビーフジャーキーを付けてみる。結局、それをユーザーに売るのは難しい。しかも、胡椒だけを売るのでは既存のIT産業を支えることは出来ない。
ITベンダーを包む漠然とした将来への不安というのはココにあるのではないでしょうか。
森祐治氏のデジタル三種の神器よりも新たなライフスタイルの提案をにも非常に鋭い指摘があります。『デジタル三種の神器は目新しい商品というよりも、何らかの意味において代替商品という位置づけであり、価格の問題から「全世帯普及」は望めない商品である可能性が高い。であれば、国内市場だけであっても、飽和するのに時間はかからない』
この点は真摯に受け止める必要があります。
表面で起きているブームは『消費者の家電ライフスタイル』を何ら変えていない。その為に、『来年までの市場は好調であっても、それは前世紀の勢いを借りているだけ』という状況になる、そう指摘しています。
まだ、手を打っていないITベンダーは、自らの耳だけに心地よいフレーズの羅列に酔いしれるのではなく、そろそろ自らの存在価値を真剣に考えないといけないのかもしれません。
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