香港中華煤気

香港中華煤気有限公司.Hong Kong and China Gas Co., Ltd.

香港中華煤気[The Hong Kong and China Gas Company Limited]は,1862年に設立された香港で最も歴史のある公益企業の一つであり,香港で最初かつ唯一のガスの生産・輸送・供給を一貫して行う企業として,同地におけるガス供給事業の草分け的存在である.現在では,「タウンガス[Towngas]」というブランド名で広く知られ,都市ガス供給を中心としたインフラサービスの提供に加え,中国本土におけるエネルギー関連事業にも積極的に進出している.最大株主は恒基兆業地産有限公司[Henderson Land Development Company Limited]であり,同社を中核とする恒基グループの傘下企業として位置づけられている.

設立当初,香港中華煤氣有限公司はイギリス資本によって設立され,1862年に第5代香港総督ハーキュリーズ・ロビンソンによって,ヴィクトリア市街[現在の中西区]でのガス供給の特許がイギリス商人ウィリアム・グレンに与えられた.同年6月3日,資本金35,000ポンドでロンドンにおいて会社が設立され,石炭を原料としたガス製造が開始された.最初のガス工場はアジア初のガス製造施設として,現在の皇后大道西から薄扶林一帯にかけての屈地街に建設され,政府庁舎,軍営,香港ホテル,ジャーディン・マセソン商会,ワトソンズ薬局などに照明用ガスが供給された.当時の生産能力は1日3,400立方メートルであった.1864年12月3日までに皇后大道には24キロメートルのガス管が敷設され,500基の街路灯が設置されたが,九龍ではなお蝋燭や油灯が使われており,ガス供給の拡張は28年後のことであった.その後,家庭用や業務用への供給が拡大し,第二次世界大戦後には都市ガス供給事業者としての地位を確立した.

20世紀後半には,原料を石炭からナフサ,さらに天然ガスへと転換し,よりクリーンで効率的な供給体制を整備した.香港全域へのガス網の拡張と並行して,ガス機器の製造・販売や顧客サービスの拡充にも取り組み,インフラを担う総合事業体としての性格を強めた.1980年代には,同社が香港証券取引所に上場していたことにより株式市場での買収が可能となっていたが,当時,恒基兆業地産有限公司の創業者である李兆基[リー・シャウキー]は,同社の安定した配当実績と公益性に着目し,長期保有を前提とした段階的な株式取得を進めた.これにより恒基グループは香港中華煤氣の筆頭株主となり,以後,グループの中核インフラ企業として再編されるに至った.買収は敵対的ではなく,市場での株式取得を通じて支配権を確保する形で進められたため,香港の規制当局との摩擦も生じなかった.

現在,同社は香港に2か所の製造拠点を有しており,それぞれ大埔工業邨と馬頭角に位置している.現在供給されているガスの98%は郊外にある大埔工場で生産され,残りは馬頭角の施設がバックアップとして稼働している.大埔工場の生産能力は1日あたり960万立方メートルである.1933年には九龍馬頭角の埋立地に「南廠[サウスプラント]」が建設されたが,1993年に操業を停止し,跡地には2007年に住宅団地「翔龍湾[Grand Waterfront]」が建設された.

1990年代以降,同社は中国本土における事業展開を加速させた.1994年に初の本土進出を果たして以降,現在では550を超えるプロジェクトを中国各地で展開しており,その内容はスマートエネルギー供給,都市ガス網の構築,上流および中流のエネルギー開発,上下水道,都市ごみの資源化など多岐にわたる.進出地域は広東省,江蘇省,浙江省などの経済発展地域に加え,内陸部にも及んでおり,地域的な収益構造の多様化を実現している.さらに,水素エネルギー,海上輸送用グリーンメタノール,持続可能な航空燃料,都市冷暖房などの新領域に進出しており,エネルギー転換に対応した先進的なプロジェクトの推進にも注力している.

「タウンガス[Towngas]」は香港における同社のブランド名であり,現在では200万以上の顧客にガスを供給している.供給対象は香港全体の約85%に及び,家庭のみならず商業施設や工業用途にも広く対応している.ブランドのロゴマークは,円形と炎を組み合わせたシンボルであり,市民生活に密着した信頼の象徴として定着している.単なるエネルギー供給にとどまらず,定期点検,厨房機器の設計・販売,顧客教育,さらには料理教室の開催といった暮らし全般を支える取り組みも行っており,公共事業の枠を超えた生活支援企業としての性格を明確にしている.

同社は香港証券取引所のメインボード市場に上場しており,証券コードは00003である.本社は香港島鰂魚涌渣華道363号に所在している.恒基グループとの連携のもと,不動産・都市開発とのシナジー効果も発揮されており,都市機能と生活インフラの一体的展開に資するモデルを形成している.

財務面では,香港における実質的な独占供給と安定した顧客基盤を背景に,長期的な安定配当を維持している.香港市場における公益インフラ銘柄としての評価は高く,また中国本土での拡大によって成長性と収益構造の地理的分散化も進展している.

香港中華煤気はその設立から160年以上を経た現在に至るまで,香港のエネルギーインフラを支える中核企業として進化を遂げてきた.恒基グループという堅固な企業基盤に支えられつつ,都市ガス供給,スマートエネルギー,水素燃料,グリーンメタノール,持続可能な航空燃料などを担う次世代エネルギー企業として,今後もアジアにおける重要な存在であり続けることが確実視されている.

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