
 ムルデカ・コッパー・ゴールド[PT Merdeka Copper Gold Tbk,インドネシア].
 ムルデカ・コッパー・ゴールド[PT Merdeka Copper Gold Tbk,インドネシア].
時価総額[2025]:約35億米ドル.
ムルデカは, インドネシア・ジャカルタに本社を置く鉱山持株会社である.2012年に設立され, 金, 銀, 銅, ニッケルなどの探鉱から生産までを手掛けるインドネシア有数の鉱業企業として成長を遂げてきた.同社は2015年6月にインドネシア証券取引所に株式を上場し, ティッカーシンボルMDKAで取引されている.この上場は, 生産開始前の探鉱段階で上場を果たした初のケースとして注目を集め, 2014年11月に施行された新規制により可能となった画期的な出来事であった.上場時には4億1965万株を1株あたり2,000ルピアで発行し, 約8,393億ルピアを調達した.この資金は主力子会社であるPT Bumi Suksesindoの設備投資および債務返済に充当された.
同社の設立背景には, インドネシア財界の有力者たちの戦略的ビジョンがある.主要株主にはPT Saratoga Investama Sedaya Tbk, PT Provident Capital Indonesia, そして著名な実業家ガリバルディ・トヒルが名を連ねる.Saratoga Investama Sedayaはスルヤジャヤ家が支配する投資会社であり, Provident Capital Indonesiaはウィナト・カルトノが創設したProvident Groupの一部である.これらの株主は石炭採掘企業アダロ, 通信塔開発企業タワー・ベルサマ, パーム油プランテーション事業などで数十年にわたる実績を持ち, インドネシア各地での許認可取得やコミュニティ対応に関する豊富な経験を有している.この株主構成は100%インドネシア資本であることから, 外資系企業に課される段階的持分売却義務のリスクを最小化している点でも戦略的意義を持つ.
Merdekaの事業の中核を成すのが, 東ジャワ州バニュワンギ県に位置するトゥジュ・ブキット・ゴールド鉱山である.この鉱山は2012年に採掘事業許可を取得したPT Bumi Suksesindoが運営しており, 2016年に採掘活動を開始し, 2017年初頭に最初の金の精錬に成功した.トゥジュ・ブキット鉱山は, 表層の酸化金銀鉱床をヒープリーチング法で処理する効率的なオペレーションを特徴とし, 年間約10万オンスの金と最大30万オンスの銀を生産している.鉱物資源量は金約245万オンス, 銀約7,900万オンスと推定され, 2016年には高品質な鉱物資源を有することから国家重要施設に指定された.ムルデカは操業コストの削減, 生産性向上, ヒープリーチエリアの拡張を通じて, 鉱山の経済寿命を2029年まで延長する取り組みを進めている.
トゥジュ・ブキット鉱山の地下には, 世界最大級の未開発銅金鉱床であるトゥジュ・ブキット・カッパー・プロジェクトが眠っている.この鉱床は銅約820万トン, 金約2,790万オンスという膨大な鉱物資源を含み, ムルデカは2018年以降, 約2億米ドルを投じて1,890メートルの探鉱用斜坑掘削, 資源定義ドリリング, 地質モデリング, 技術研究を実施してきた.2023年5月に完了したプレフィージビリティスタディは, サブレベルケービング鉱山とブロックケーブ鉱山の段階的開発により, 年間処理能力2,400万トン, 銅生産11万トン以上, 金生産35万オンス以上を30年以上にわたって実現できる魅力的な経済性を確認した.2024年3月時点での最新鉱物資源評価では, 示唆鉱物資源量が4億4,200万トンから7億5,500万トンに増加し, プロジェクト全体の資源量は17億3,800万トンに達した.これにより計画されたサブレベルケーブエリアの大部分が示唆資源に分類され, さらなるドリリングの必要性が低減された.ムルデカは現在, 本格的なフィージビリティスタディに着手する前の事業改善作業に注力している.
ムルデカの事業拡大は2019年6月のウェタル・カッパー鉱山買収によって加速した.同社はオーストラリアのFinders Resources Limitedを買収することで, マルク州ウェタル島北岸に位置する銅鉱山の78%の権益を取得した.ウェタル鉱山は当初業績不振であったが, ムルデカは技術的・非技術的能力を活用して操業を立て直し, 2021年の9ヶ月間で1万3,388トンだった銅生産量を2022年同期には1万5,793トンに増加させ, 収益を9,500万米ドルから1億4,200万米ドルへと49%増加させることに成功した.
2018年11月, ムルデカはスラウェシ島北部ゴロンタロ州に位置するパニ・ゴールド・プロジェクトの66.7%権益を5,500万米ドルで取得する契約を締結した.パニ・プロジェクトは4年にわたる所有権紛争を経て, 2017年末に紛争が解決されたことで技術作業が再開された.このプロジェクトはトゥジュ・ブキット鉱山の金キャップと類似した金鉱床を有し, 過去に相当な探鉱活動と小規模採掘が行われた履歴がある.2022年には隣接地を探鉱するPT J Resources Nusantaraと条件付き取引文書を締結し, パニ地域の金プロジェクトを統合してより大規模な金採掘プロジェクトを構築する計画を進めた.パニ・ゴールド・プロジェクトは推定資源量700万オンス以上の金を有し, インドネシア最大級の一次金鉱山の一つとして位置づけられている.初期段階では年間処理能力700万トンのヒープリーチ法により年間約14万オンスの金生産を目指し, 次段階ではカーボン・イン・リーチ施設を建設して処理能力を年間750万トン, さらに2030年までに1,200万トンに拡大し, ピーク時には年間50万オンスの金生産を達成する計画である.2025年10月1日, パニ鉱山は正式に採掘操業を開始し, 2026年第1四半期に最初の金精錬が予定されている.
ムルデカの事業ポートフォリオは2022年に劇的な転換を遂げた.同年3月, 同社の子会社PT Batutua Tambang AbadおよびPT Hamparan Logistik Nusantara, PT Provident Capital Indonesiaは, 総額約5兆3,500億ルピアに及ぶニッケル資産の条件付株式取得契約を締結した.この買収により, MerdekaはPT Hamparan Logistik Nusantaraの株式55.56%を取得し, 同社を通じてPT J&P IndonesiaおよびPT Jcorps Industri Mineralの権益を獲得した.これらの企業は, 世界最大級の未開発ニッケル資源の一つであるスラウェシ・チャハヤ・ミネラル鉱山の51%権益, 稼働中の2つのRKEF製錬所への少数持分, 石灰石採掘権, 水力発電プロジェクト, インドネシア・コナウェ工業団地の32%権益を保有していた.この買収は2022年5月17日に完了し, PT Hamparan Logistik NusantaraはPT Merdeka Battery Materials Tbkに改称された.
ニッケル事業への参入は, ムルデカの収益構造を根本的に変革した.2022年の9ヶ月間において, Merdeka Battery Materialsはニッケル・ピッグ・アイアン1万5,386トンを平均販売価格1トンあたり1万6,602米ドルで販売し, 2億5,500万米ドルの追加収益を生み出した.これにより同社の総収益は前年同期の2億6,115万米ドルから6億2,601万米ドルへと140%増加し, 純利益は2,106万米ドルから6,919万米ドルへと228%急増した.現在ではニッケル部門がムルデカの収益の大部分を占めるまでに成長している.Merdeka Battery Materialsは, スラウェシ・チャハヤ・ミネラル鉱山, RKEF製錬所, ニッケルマット転換施設, HPAL施設, インドネシア・コナウェ工業団地などの資産を通じて, 電気自動車バッテリーのグローバルサプライチェーンにおける重要な地位を確立している.スラウェシ・チャハヤ・ミネラル鉱山は約1,380万トンのニッケルと100万トンのコバルトを含む世界最大級のニッケル資源を有し, 2万1,100ヘクタールの鉱区を持つ.2023年4月18日, Merdeka Battery Materialsはインドネシア証券取引所で新規株式公開を成功裏に完了し, 上場企業となった.
ムルデカは環境・社会・ガバナンス分野でも顕著な実績を上げている.2023年, 同社のMSCI ESG格付けはBBBからAへとアップグレードされ, MSCI多角的金属・鉱業カテゴリーにおいてこの格付けを達成したインドネシア唯一の鉱業企業となった.また, SustainalyticsのESGリスク格付けでもインドネシア鉱業セクターにおいて主導的地位を維持している.2025年には, CDP気候変動開示2024で認められ, インドネシア証券取引所の2つの主要ESG指数の構成銘柄に選定された.さらにムルデカは国連グローバル・コンパクトのメンバーとなり, 企業の持続可能性政策の推進と国連の持続可能な開発目標への支援を表明している.2023年6月までにトゥジュ・ブキット・ゴールド鉱山の累積金生産量は100万オンスに到達し, 同鉱山の電力は100%が国営電力会社PLNの再生可能エネルギーに切り替えられた.
2025年に入り, ムルデカは新たな資本市場戦略を展開している.同社は傘下のパニ・ゴールド・プロジェクトを運営するPT Pani Bersama Jayaを2025年6月17日にPT Merdeka Gold Resources Tbkに改称し, 同社の新規株式公開を進めた.2025年9月, Merdeka Gold Resourcesは総額最大4兆8,800億ルピアを調達する大型IPOを実施し, 16億1,000万株の新株を1株あたり1,800ルピアから3,020ルピアの価格帯で発行した.最終的に1株2,880ルピアの公募価格で4兆6,600億ルピアを調達し, 9月23日にティッカーシンボルEMASでインドネシア証券取引所に上場を果たした.上場初日には株価が25%上昇して3,600ルピアに達し, ストップ高を記録した.IPO後, Merdeka Copper GoldのMerdeka Gold Resourcesにおける持株比率は69.66%から62.01%に低下したが, 依然として支配株主の地位を維持している.この資金は子会社の運転資本および債務返済に充当される予定である.
同社の組織構造も時代とともに進化してきた.設立当初は5つの子会社を擁する持株会社として出発し, PT Bumi Suksesindo, PT Damai Suksesindo, PT Cinta Bumi Suksesindo, PT Beta Bumi Suksesindo, PT Merdeka Mining Servisなどが主要子会社であった.旧社名はPT Merdeka Seraであったが, 2014年12月にPT Merdeka Copper Gold Tbkに変更され, 金・銅事業への注力を明確化した.2018年以降, 事業拡大に伴い多数の子会社を設立し, PT Batutua Pelita Investama, PT Batutua Tambang Abadi, PT Batutua Tambang Energi, PT Batutua Abadi Jaya, PT Batutua Alam Persada, PT Batutua Bumi Rayaなど6つの金属・鉱物採掘子会社を新設した.また, 鉱山建設サービス分野でも子会社を展開している.
Merdekaの経営陣は国際的な専門性を備えている.2016年初頭, 同社はオーストラリアのニュークレスト・マイニングで30年にわたり地質学者, 資源・埋蔵量ゼネラルマネージャー, 鉱物担当エグゼクティブゼネラルマネージャーなどを歴任したコリン・ムーアヘッドを副社長兼最高経営責任者として迎えた.ムーアヘッドはまた, オーストラレーシア鉱業専門家協会の会長という名誉職にも任命された.彼の指揮の下, Merdekaはトゥジュ・ブキット・プロジェクトを予想を上回る成果で稼働させ, 当初の開発段階での問題を克服して記録的な金生産を達成した.
同社の事業展開には戦略的パートナーシップが不可欠な役割を果たしてきた.Cohesion Group, Transcontinent, Geoservices, DNX Indonesia, PT Indodrill Indonesia, Spiers Geological Consultants, Metso, Lorax Indonesiaなど, 世界的に認知された企業群との提携により, 環境影響評価, データ分析, 掘削作業, 技術サポートなどの専門サービスを確保している.特にLoraxは鉱業操業の環境サポートにおける世界的リーダーであり, Indodrillはトゥジュ・ブキットで6本の深部方向性掘削孔を完成させるなど高度に技術的な作業を遂行してきた.
近年, ムルデカは事業資産の最適化にも取り組んでいる.2025年2月, 同社はUBSに対し, トゥジュ・ブキット・プロジェクトの戦略的オプション検討を委任した.検討内容には, ムルデカ本体レベルでの資本調達, あるいはトゥジュ・ブキット・プロジェクトの事業体であるPT Bumi Suksesindoへの戦略的投資家または金融投資家の誘致による持分売却などが含まれる.2023年12月31日時点で, トゥジュ・ブキット・プロジェクトの資産額は6億50万米ドルであった.
現在, ムルデカは3つの主要鉱山を操業している.東ジャワ州バニュワンギのトゥジュ・ブキット・ゴールド鉱山, 南西マルク州ウェタル島のウェタル・カッパー鉱山, そして2025年10月1日に操業を開始したゴロンタロ州のパニ・ゴールド鉱山である.これらに加え, 世界最大級の未開発銅鉱床であるトゥジュ・ブキット・カッパー・プロジェクトの開発を進めている.ニッケル事業では, スラウェシ・チャハヤ・ミネラル鉱山, RKEF製錬所, ニッケルマット転換炉, AIMプロジェクト, HPAL施設, インドネシア・コナウェ工業団地を通じて, クリーンエネルギー転換に不可欠な鉱物の世界的需要増加に対応する戦略的ポジションを確立している.
こうした鉱業企業の発展は, 近年の東南アジアにおける金準備強化の動きと軌を一にしている.インドネシア政府は2025年2月26日, 東南アジア最大の金生産国として初のブリオンバンク制度を創設した.プラボウォ・スビアント大統領の主導により, 国営イスラム銀行バンク・シャリア・インドネシアと国営質屋ペガダイアンが金の預金, 融資, 取引, 保管サービスを提供する金融機関として認可を受けた.この制度は, インドネシア国民が家庭内に退蔵している推定1,800トンもの金を正規の金融システムに取り込み, 外貨準備の強化と通貨ルピアの安定化を図ることを目的としている.金融サービス庁の規制では, ブリオンバンクとして認可を受けるには最低14兆ルピアの資本が必要とされる.インドネシアは年間130トン以上の金を生産する東南アジア最大の金生産国であるにもかかわらず, 国内で採掘された金の多くが海外に流出していた.ブリオンバンク設立により, 川上から川下まで金のサプライチェーン全体を国内に留め, 鉱物加工産業の下流化政策を推進する戦略の一環となっている.
同様の動きはラオスでも展開されている.ラオス政府は2024年8月7日, PTLホールディングとの間でラオス・ブリオンバンク設立に関する契約を締結した.同年9月27日にビエンチャン首都のポンサイ村で盛大なソフトオープニング式典が開催され, サンティパブ・ポムビハーン財務大臣, ワッタナ・ダーラロイ中央銀行副総裁らが出席した.ラオス・ブリオンバンクは同国初の金取引専門銀行であり, 個人・法人が金を預け入れ, 取引できる制度を構築することで金準備を強化し, ラオス・キープの価値を安定させ, 財政流動性を確保することを目指している.ラオス政府が25%, PTLホールディングが75%を出資し, 総投資額は20億タイバーツ以上, 登録資本金は5,000万米ドルに達する.2024年12月3日には正式なグランドオープニングが行われ, トンルン・シースリット首相をはじめとする政府・党の指導者が出席した.同行は金預金口座, 金担保融資, 金自動販売機, 国際デジタルプラットフォームでの金取引, 金精錬, 未採掘金鉱石の評価サービスなど幅広いサービスを提供している.ソフトオープン以降, 約2,000件の金預金口座が開設され約50キログラムの金が預けられており, 1年以内に1万口座, 3年以内に10万口座の達成を目標としている.
これらのブリオンバンク創設は, 東南アジア諸国が天然資源を活用して金融安定性と通貨の信認を強化しようとする戦略的取り組みの一環である.インドネシアとラオスはともに豊富な鉱物資源を有しながらも, 歴史的には原料輸出に依存してきた.ブリオンバンクの設立により, 国内での金の保管・管理体制を整備し, 資源の付加価値を国内に留める下流化政策を推進することで, 経済主権の確立と持続可能な経済発展を目指している.ムルデカのような民間鉱業企業の成長とこうした国家レベルの金融インフラ整備は, 東南アジアにおける資源ナショナリズムと経済自立への強い意志を象徴するものである.
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.