

旧名古屋栄東急イン
旧名古屋栄東急インは, 愛知県名古屋市中区栄の中心的商業エリアに位置していた都市型ホテルであり, 東急グループによるビジネスホテル展開の一環として整備された施設である.栄地区は戦後以降, 百貨店や専門店, 地下街が集積する名古屋有数の商業中枢として発展してきた地域であり, 同ホテルはその都市機能の中に組み込まれる形で立地していた点に特徴がある.
この建物の最大の特徴は, 単なる宿泊施設として独立するのではなく, 低層部に商業施設を内包した複合建築であったことである.具体的には, 地下1階から4階にかけて「メルサ[MELSA]栄本店」が配置され, ファッションや雑貨を中心としたテナント群が展開されていた.メルサ栄本店は1973年[昭和48年]12月に「名鉄栄メルサ・栄ビル店」として開業した名鉄グループ系の専門店街であり, ホテルが入居する建物[栄ビル, 現在のスカイルビル]もこの年に竣工している.なお, メルサは名古屋鉄道と名鉄百貨店の共同出資による「メルサ方式」を広めた先駆的な専門店ビル形式であり, 東急グループとは資本関係を持たない別系列の施設である.これにより, 建物全体はホテルであると同時に商業ビルとしての性格を強く帯びていた.
動線計画の観点から見ると, この構成は極めて興味深い.ホテルのフロントへ至る経路は, 専用の独立導線として完全に分離されているのではなく, メルサ栄本店の営業空間と部分的に重なり合う形で設計されていた.そのため, 宿泊客は建物内に入ると, 一般の買い物客と同じ空間を通過しながら上層階のフロントへ向かうことになる.このような「商業空間貫通型」の動線は, 百貨店や駅ビルに併設されたホテルとは異なり, より一体的で混在的な都市体験を生み出すものであった.
泊まった時に,部屋の窓からメルサのフロアが見えるのには驚いた.
この構成は, 都市の高密度化が進む中での土地利用の高度化, すなわち垂直方向への機能集約を体現するものであると同時に, 消費空間と滞在空間の境界を曖昧化する設計思想を反映している.買い物客と宿泊客が同一の内部空間を共有することにより, 建物は単なる機能の積層ではなく, 異なる利用主体が交錯する「都市の断面」として機能していたのである.
また, このような構成は利用者体験にも影響を与えていた.宿泊客にとっては, ホテルへ向かう過程自体が商業的刺激に満ちた導入部となり, 都市の賑わいを直接的に体感することができる一方で, 静的で私的な空間へ至るまでに公共性の高い領域を通過するという独特の移行体験を伴うものであった.この点は, ロビーへのアプローチを外部から明確に分節する従来型ホテルとは対照的である.
旧名古屋栄東急インは, その後の都市再開発やホテルブランド再編の流れの中で姿を変えることとなったが, 商業施設「メルサ栄本店」との一体的構成, および買い物客と宿泊客が同一動線上で交錯するという空間設計は, 栄という都市の性格を体現した建築的事例として位置づけることができる.
愛知県名古屋市中区栄@2014-11.

今日も街角をぶらりと散策.
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