

京都市役所本庁舎
京都市役所本庁舎は, 近代日本の官庁建築における重要な事例である.現在の本庁舎は三代目の庁舎に当たり, その主要部分は大正末から昭和初期にかけて建設されたものである.着工と竣工は複数期に分かれており, 第一期[東館]の竣工は1927[昭和2]年4月19日, 第二期[西館]の完成によって全体が整備されたのは1931[昭和6]年8月15日のことである.
鉄筋コンクリート造, 地上4階, 塔屋, 地下1階からなる.設計は武田五一[たけだ ごいち, 1872/1938]が顧問として監修を務め, 実施設計は京都市営繕課の中野進一が担当した.中野は京都帝国大学建築学科における武田の教え子であり, 両者の協働により本庁舎は完成した.武田は広島県福山市出身で, 京都帝国大学[現・京都大学]建築学科を創設した「関西建築界の父」「関西近代建築の父」として知られる建築家である.彼は戦前期の公共建築において西欧的様式の導入と日本的美意識との調和を模索した人物であり, 京都市役所本庁舎もその思想を体現する作品の一つである.
外観の造形はネオ・バロック様式を基調としつつ, 細部に東洋的な装飾感覚を織り込んだ点に特色がある.正面は厳密な左右対称をとり, 中央前面を塔屋として高く立ち上げることで縦の強調を行い, 左右のウィングによって水平性を均衡させる構成をなす.ファサードは端正な水平帯と垂直窓群のリズムで構成され, 全体として重厚かつ節度ある表情を呈する.この造形はヨーロッパの官庁建築の伝統を引き継ぎながらも, 日本の都市景観のスケールと調和を図ったものである.現存するネオ・バロック系官庁建築は国内でも数少なく, 京都市役所本庁舎は関西を代表する現存例として高く評価されている.
構造は鉄筋コンクリート造で, 地上4階・塔屋・地下2階建てとされた.当時の耐震・防火技術を背景に, 耐久性と機能性を両立させた構造計画が採用されている.これにより, 内外装ともに長期にわたって用途変更や改修に耐えうる柔軟性を備える建築となった.
内装にも多様な意匠的工夫が見られる.正面玄関から奥へ至る動線や大階段室は, 公共建築としての威厳と儀礼性を体現するために厳格に構成されている.エントランスホールには半円形アーチをイスラム風の葱花形[そうかがた]アーチに変形した意匠が採用され, 大階段背後には彩色ステンドグラスが配される.また, 屋上塔屋を支える柱は毛筆をモチーフとしたデザインであり, 文書行政を司る市役所としての象徴性を備えるとともに, 昭和天皇の即位[1928[昭和3]年]を記念して建設された背景から, 「これから歴史の一頁を記す」という象徴的意味が込められていると解される.これらの細部意匠には, 日本のみならず中国・インド・イスラムなど多様な東洋的モチーフが散りばめられ, 京の風景や文化的アイデンティティを象徴する装飾が施されている.単なる様式模倣にとどまらず, 地域性と普遍性を併せ持つデザインとして完成度が高い.
保存と改修の面では, 築後の老朽化や耐震性の不足, 庁舎機能の拡充といった課題に対応するため, 2017[平成29]年度より大規模リニューアル工事が実施された.設計は日建設計が担当し, 約4年間にわたり耐震改修および内部機能更新が行われた.改修は2021[令和3]年に完了し, 免震構造を導入することで建物の安全性と持続性が飛躍的に向上した.歴史的意匠を保持しつつ現代的機能を付与するこの改修は, 文化的価値と公共性を両立させる典型的手法として評価されている.
文化財としての価値も正式に認められ, 2024[令和6]年11月, 国の文化審議会文化財分科会において文化財登録が妥当とする答申が出された.翌2025[令和7]年2月に官報告示を経て, 京都市役所本庁舎は正式に国登録有形文化財となった.登録理由として, 「国土の歴史的景観に寄与しているもの」との基準が適用され, 垂直性を強調した外観, 階段ホールにおけるイスラム風アーチなどの東洋意匠, 古都京都の風格を備えた現役庁舎である点が評価された.政令指定都市の市役所としては日本最古の現役庁舎である.
京・寺町通御池上ル上本能寺前町@2018-01

今日も街角をぶらりと散策.
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