ぶらぶら絵葉書

長楽館

長楽館[ちょうらくかん]は, 京都市東山区円山公園の一隅に位置する明治期の迎賓館建築であり, 日本の近代建築史においてきわめて重要な文化財的価値をもつ建造物である.

その創建は1909[明治42]年であり, 建築主は「たばこ王」と称された実業家・村井吉兵衛[むらいきちべえ]であった.村井は, 日本初の民間たばこ企業である村井兄弟商会を率い, のちに英国アメリカン・タバコ社と提携して国内外の販路を拡大した実業家である.彼は明治政府による煙草専売制度[1904〔明治37〕年施行]以前に日本最大の煙草商を築き上げた人物であり, 欧米との交易を通じて西洋の生活文化や建築美学を深く理解していた.その村井が, 京都を訪れる国内外の賓客をもてなすための迎賓館兼別邸として建設したのが長楽館であった.

設計は, 当時京都府技師として活動していた建築家・野口孫市[のぐちまごいち]およびその弟子の木子七郎[きごしちろう]による.野口は京都府庁舎や京都府立医科大学旧本館などを手がけた建築家であり, 木子は後に京都府庁技師として多くの近代建築を設計した人物である.両者は和洋折衷の美学に精通しており, 長楽館では西洋の様式建築を本格的に導入しつつ, 京都の風致に調和させることに成功している.

建築様式は折衷主義[エクレクティシズム]を基調とし, 外観はルネサンス復興様式[ネオ・ルネサンス]を主体とする.煉瓦造に石貼りを施した二階建て[一部三階建て]構造で, 左右対称のファサードを持ち, 中央玄関にはイオニア式円柱とペディメントを備えたポーチが配されている.屋根は寄棟造銅板葺で, 塔屋部分には西洋風のドームが据えられている.

内部空間は, 当時の日本における洋館建築の最高水準を示すものであり, 各室が異なるヨーロッパの装飾様式で構成されている.たとえば, 来賓を迎える「迎賓の間」はロココ風の装飾を施し, 喫煙室はチューダー様式, サンルームにはアール・ヌーヴォーの要素が見られる.大理石階段の手すり, ステンドグラス, 寄木張りの床, イタリア製暖炉など, 素材・工芸のいずれもが贅を尽くしており, まるでヨーロッパの貴族邸を思わせる華麗な空間が展開されている.

長楽館の立地は, 円山公園の南端に位置し, 北に知恩院, 東に八坂神社, 西に祇園の町並みを望む.明治の京都が伝統都市から近代都市へと移行する過程において, 西洋文化の受容と伝統文化の共存を象徴する建築として, この地に建てられた意義はきわめて大きい.円山公園自体が明治政府による公園制度のもとに整備された日本最初期の都市公園であり, その一角に建てられた長楽館は, 京都における「風致と近代化の共存」の象徴であった.

竣工後, 長楽館は村井家の迎賓館として利用され, 明治天皇をはじめ, 伊藤博文, 山縣有朋, 大隈重信, 犬養毅ら, 政財界や文化界の要人を迎えたと伝えられる.村井の没後は所有者が転々としたが, 昭和期には料亭・旅館として使用され, のちに喫茶室・レストランとして一般に公開された.

京・八坂鳥居前東入ル円山町@2012-04


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