ぶらぶら絵葉書

桶川駅

桶川駅は, 埼玉県桶川市南一丁目に所在する東日本旅客鉄道[JR東日本]高崎線の駅である.1885[明治18]年7月28日, 日本鉄道の駅として開業した.高崎線の前身となる路線の一駅として設置され, 開業は熊谷駅・本庄駅と同日であった.日本鉄道が東京と高崎を結ぶ幹線として整備した路線の一部を成しており, 上野駅から約41キロメートル, 高崎駅から約64キロメートルの位置にある.高崎線における埼玉県北部の主要駅として, 現在も通勤・通学輸送の要衝を担っている.

桶川の地は江戸時代には五街道の一つである中山道の宿場町, 桶川宿として繁栄した.桶川宿は江戸から数えて六番目の宿場であり, 旅人や商人で賑わう交通の要衝であった.周辺部で盛んに栽培されていた紅花は桶川臙脂として知られ, 染料や化粧品の原料として重用され, 地域経済を支える重要な産品であった.旧中山道沿いには蔵造りの建物や古い商家が残り, 宿場町としての面影を今なお色濃く伝えている.

1885年の駅開業により, 交通の中心は宿場町から鉄道駅へ移行した.開業当初の周辺は農業や養蚕を中心とした農村地帯であり, 駅は農産物や生糸の輸送に大きく貢献した.明治後期から大正期にかけては商工業の発展とともに駅周辺の市街地化が進み, 桶川町の中心地としての地位を確立した.戦後の高度経済成長期以降, 首都圏通勤圏の拡大に伴い駅周辺の宅地開発が進み, 1960年代から1970年代にかけて団地や住宅地が造成され, 人口が増加した.湘南新宿ライン[2001年開業]や上野東京ライン[2015年開業]の運行開始により, 東京・品川・横浜方面への直通アクセスも整備され, 利便性はさらに向上している.

桶川市は埼玉県中央部に位置し, 市域の多くは大宮台地の上に広がる.荒川と元荒川に挟まれた洪積台地で, 比較的平坦で水はけが良く, 市域の最高点は北西部の海抜約25メートルである.市の中心部を南北に国道17号[旧中山道]やJR高崎線が並行して貫き, 東西には埼玉県道12号川越栗橋線が通る.市域東部を流れる荒川や, 地質学的に注目される綾瀬川断層も存在し, 農地と住宅地が共存する景観が見られる.

駅構造は島式ホーム1面2線を有する地上駅で, 橋上駅舎形式で整備されている.東西自由通路を兼ねた駅舎は駅利用者だけでなく一般通行者も利用可能で, 駅の東西市街地を結ぶ生活動線となっている.改札口は橋上部分に設けられ, コンビニエンスストアや待合室が整備されている.ホームには待合室や自動販売機も設置されており, 快適な駅利用が可能である.

桶川駅には高崎線の普通列車および快速列車アーバンが停車する.湘南新宿ラインでは横須賀線方面への直通列車が運行され, 大船・逗子方面への乗り換えなしアクセスが可能である.上野東京ラインでは東京・品川・横浜方面への直通列車が運行される.一部快速列車は通過するため, 利用の際には注意が必要である.平日朝のラッシュ時には上野・東京方面への通勤客で混雑が見られる.

駅周辺は桶川市の中心市街地として発展してきた.駅西口には商店街や飲食店, スーパーマーケット, 銀行, 郵便局が集積し, 駅前広場にはバスターミナルが整備され, 朝日自動車や東武バスウエストの路線が発着している.川越駅・上尾駅・北本駅方面などへの路線も設定され, 鉄道とバスの結節点として機能する.駅東口側は住宅地が広がり, 戸建住宅や中低層マンションが立ち並ぶ.小規模な商業施設や医療機関が点在し, 桶川市役所や市民ホール, 図書館など公共施設へのアクセスも容易である.教育施設も駅周辺に立地しており, 通学利用も多い.

桶川駅周辺は農地を残しつつ住宅地化が進む地域であり, 都市化と自然の共存が見られる.1日平均乗車人員は約2万人前後で推移し, 高崎線内では中規模駅に位置付けられるが, 通勤・通学の拠点としての役割は依然大きい.江戸時代の宿場町から明治期の鉄道駅, 現代のベッドタウンへと変遷を遂げた桶川駅は, 地域の中心として機能し続けており, 今後も駅周辺の再開発や公共交通の充実により, 地域の発展とともに役割を進化させることが期待される.

@2014-07


今日も街角をぶらりと散策.
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