リュート奏者

バロック期のイタリア人画家カラバッジョ[Michelangelo Merisi da Caravaggio;1571-09-29/1610-07-18]による1595年頃の作品.

カラバッジョのローマ期初期の代表的作品のひとつである.本作は, カラバッジョが枢機卿フランチェスコ・デル・モンテの庇護を受けていた時代に描かれ, 彼の館に集う音楽家や芸術家との交流を背景として成立したものである.

画面には若い音楽家が描かれ, リュートを抱えて譜面に目を落としつつ演奏している姿が写実的に表現されている.その表情は陶酔と集中の両義性を帯び, 観者に音楽の響きを想起させるような臨場感を与えている.衣服の質感, 花瓶に活けられた花, ガラスの器, 果物などの静物要素が精緻に描き込まれており, 彼の自然観察と光の効果に対する鋭敏な感覚が顕著である.これらの細部は単なる装飾ではなく, 儚さや愛の寓意を含む象徴的要素として機能していると解されている.特に花や果物は当時の静物画の伝統において, 人生の無常や感覚的快楽のはかなさを象徴するものとして頻繁に用いられた.

また, 本作における光の扱いは, 後年の劇的な明暗対比を特徴とするカラバッジョ独自の様式が完成する以前の段階を示すものである.やわらかい光が画面全体に行き渡り, モデルの肉体と物質感を包み込むように描き出している.音楽家の人物像と静物の双方が同等の比重をもって描かれていることから, 彼が人物画と静物画の融合を試みたことが理解される.この手法は, 当時の肖像画の伝統から逸脱した革新的アプローチであった.

この作品の複数のヴァージョンが存在し, 現在確認されている主要なものはエルミタージュ美術館所蔵の版, メトロポリタン美術館所蔵の版, そしてかつてロンドンのウィルデンスタイン・ギャラリーにあった後に個人蔵となった版である.これらのヴァージョンの存在は, 同じ主題が依頼主や収集家の需要に応じて繰り返し制作されたことを示している.ただし, 各ヴァージョンには細部に違いがあり, どれが最初の作例であるかについては美術史家の間で議論が続いている.

「リュート奏者」は, 単なる音楽家の肖像ではなく, 視覚と聴覚を結びつけ, 感覚の総合的経験を呼び起こす作品である.この主題は16世紀後半から17世紀初頭にかけて, ルネサンス後期の人文主義的教養を反映するものとして人気が高まっていた.細部の卓越した写実性と人物像の心理的深みは, 同時代の画家には見られない独自の表現であり, カラバッジョが初期においてすでに革新的な道を歩んでいたことを証明している.本作はまた, 彼が後に確立する宗教画における人間的リアリズムの萌芽を示すものとしても重要な意義を持っている.


'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"

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