

フランドルの画家であるピーテル・クック・ファン・アールスト[Pieter Coecke van Aelst,1527–c.1531]による祭壇画.左に聖母マリア,右に大天使ガブリエルを描く.ポルトガル領マデイラ自治地域マデイラ島フンシャル[Funchal]の旧司教宮殿にあるフィンシャル宗教美術館所蔵.
聖小ヤコブと聖ピリポの三連祭壇画の中央パネル: 殉教した2人の使徒,聖小ヤコブ[Saint James the Less,Sanctus Iacobus Minor]と聖ピリポ[Saint Philip,Sanctus Philippus ]が描かれている.その両翼パネルには,この祭壇画を寄進した当時のマデイラ島の有力者であるシモン・ゴンサルヴェス・ダ・カマラ[Simão Gonçalves da Câmara]と,その妻であるドナ・イザベル・ダ・シルヴァ[Dona Isabel da Silva]が祈りを捧げる姿.そして,パネルを閉じた状態の外面[裏面]に描かれているのが,大天使ガブリエルが聖母マリアに受胎告知を行う場面.
シモン・ゴンサルヴェス・ダ・カマラはマデイラの発見者であり,エンリケ航海王子に仕えた騎士のジョアン・ゴンサルヴェス・ザルコ[João Gonçalves Zarco,後にJoão Gonçalves da Câmara de Lobosとして家名授与]の孫.ジョアン・ゴンサルヴェス・ザルコはアヴィス朝ポルトガル王アフォンソ5世[Afonso V,在位:1438–1481]からマデイラ島の半分に相当するフンシャルの初代カピタン・ドナタリオ[Capitão-donatário,世襲領主]に封じられた.
シモン・ゴンサルヴェス・ダ・カマラはポルトガル王マヌエル1世[Manuel I,在位:1495–1521]やジョアン3世[João III,在位:1521–1557]の宮廷とも密接な関係を築き,壮麗公[o Magnífico]と称され,砂糖貿易によって莫大な富を築いた.
聖小ヤコブと聖ピリポは,イエス・キリストによって選ばれた十二使徒の一員.聖小ヤコブはエルサレム教会の初代司教.聖ピリポはガリラヤのベトサイダ出身で,使徒の中でも最初期に弟子となった一人.イタリアのローマにある十二使徒聖堂[サンティ・アポストリ聖堂]には2人の遺灰が並んで安置されている.そのために,2使徒はペアとなっている.聖小ヤコブはフンシャルの町を襲った疫病を鎮めるための守護聖人として,聖ピリポと共に崇敬された.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
