

20世紀スロヴァキアを代表する画家・グラフィックアーティストであるヴィンツェント・フロジュニーク[Vincent Hložník,1919-10-22–1997-12-10]の作品.
第2次世界大戦とその後の全体主義体制を生きたヴィンツェント・フロジュニークの作品は, 人間存在の不安, 暴力, 苦悩を主題とする表現主義的傾向を強く帯びている.宗教的主題もしばしば扱われるが, それは信仰の表明というより, 人間の極限状況を象徴する装置として機能している.
彼の「磔」は, キリストの受難という伝統的図像を扱いながら, 救済の物語を語る宗教画としては成立していないといっても過言ではない.磔刑にかけられた身体は理想化や英雄化から遠く, むしろ歪み, 引き裂かれ, 極度に緊張した線によって構成されている.そこに描かれているのは超越的存在としてのキリストではなく, 歴史のなかで繰り返し犠牲となってきた無数の人間の代表像である.
画面における線描は荒々しく, 鋭利で, しばしば不安定である.輪郭線は震え, 身体は解体されるかのように分節され, 空間は圧縮されて逃げ場を失っている.こうした造形的特徴は, 作家が一貫して追求してきた人間の内的苦悩と倫理的緊張を可視化する手段であり, 「磔」においてそれは最も集約された形で現れている.
悲劇性が感傷へと流れることはない.嘆きや救済の約束は抑制され, 観者はただ, 暴力と沈黙の只中に置かれた存在と向き合うことを強いられる.そこではキリスト教的時間を超えて, 20世紀の戦争, 抑圧, 収容, 処刑といった現実の記憶が重ね合わされている.
この「磔」は, 宗教美術の伝統を引用しながら, それを現代史の倫理的告発へと転換した作品といえる.それは信仰の図像である以前に, 人間が人間に加える暴力の歴史を凝視するための像であり, 20世紀美術における磔刑表現のなかでも, きわめて重い精神的密度をもつ作品として位置づけられる.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
