アンポル

概要

アンポル(Ampol Limited)はオーストラリア最大の石油元売り・総合エネルギー企業。オーストラリア国内に自社の製油所(リットン製油所)や油槽所、パイプラインなどの巨大インフラを網羅し、原油の調達・精製から、国内外への卸売、直営ガソリンスタンドでの小売までを一貫して手がける。2020年5月14日に、シェブロンとのライセンス契約終了に伴い、社名をカルテックス・オーストラリア(Caltex Australia Limited)から変更。時価総額は約72億2,000万米ドル(2026)。

草創期

アンポル・リミテッド(Ampol Limited)の起源は1900年に遡る。この年、R・W・キャメロン・アンド・カンパニー(R.W. Cameron & Co.)がオーストラリアにおけるザ・テキサス・カンパニー(後のテキサコ)の代理店として活動を開始。事業は着実に拡大し、1918年にはザ・テキサス・カンパニー・オーストラレイシア・リミテッド(The Texas Company[Australasia] Limited)としてニューサウスウェールズ州で法人登記された。

転機となったのは1936年。会計士のウィリアム・ガストン・ウォークリー(Sir William Gaston Walkley)、ビュイックの代理店を経営するウィリアム・アーサー・オキャラハン(William Arthur O'Callaghan)、はオークランドの自動車協会(Automobile Association, Auckland)の関係者のジョージ・ハッチソン(George Hutchison)の3名が、外国系石油会社による不公正な価格設定に対抗するため、ニューサウスウェールズ州自動車協会(NRMA)に対して新会社設立への協力を申し出た。NRMA理事会は自ら出資会社を設立することを見送ったものの、有志の投資家を募る形で1936年3月23日にオーストラリアン・モーターリスツ・ペトロール・カンパニー(Australian Motorists Petrol Company)がニューサウスウェールズ州で設立された。これがアンポルの直接の前身である。奇しくも同じ1936年には、スタンダード・オイル・オブ・カリフォルニア(現シェブロン)とテキサコの合弁事業としてカリフォルニア・テキサス・オイル・カンパニー(カルテックス)が誕生しており、その名称は1941年からオーストラリアでも使用されるようになった。1939年にはウォークリーが取締役会に加わり常務取締役に就任、以後約30年にわたり同社を率いることになる。

アンポル・ペトロリアムの誕生

第二次世界大戦中は男性労働力の不足から、同社は女性を営業要員として起用し販売網を維持した。戦後の1948年、オーストラリアン・モーターリスツ・ペトロール・カンパニーはオーストラリア証券取引所に上場を果たす。そして翌1949年、社名をアンポル・ペトロリアム・リミテッドへと変更した。アンポルというのはAustralian Motorists Petrolの略称に由来。これが後年オーストラリア国内で広く親しまれる「アンポル」の名の始まりである。同社は1947年にアンポル・ゴルフ・トーナメントを創設したほか、1956年のメルボルン・オリンピックにおいてはオーストラリア初のテレビ中継のスポンサーを務めるなど、スポンサーシップを通じた企業広告にも積極的であった。「オーストラリアらしさ」を前面に押し出した広告展開は、国際石油メジャーと競合する国産企業としての立ち位置を強く印象づけた。

精製事業への進出と探鉱事業

1952年、アンポルはカルテックスとの合弁により西オーストラリア・ペトロリアム(WAPET)を設立し、石油探鉱事業に乗り出した。WAPETは翌1953年、西オーストラリア州ノースウェスト・ケープのラフ・レンジにおいてオーストラリア初となる自噴油田を発見している。そして1965年7月、ブリスベンにライトン製油所が稼働を開始した。これはオーストラリアが初めて保有した完全自国資本の石油精製施設であり、アンポルの歴史における重要な節目となった。同製油所は今日に至るまで同社の中核事業のひとつであり続けている。

資本再編とパイオニア・インターナショナル傘下入り

1981年、カルテックス・オーストラリアはライバル企業であったゴールデン・フリース(Golden Fleece Company)を買収するとともに、株式の25%をオーストラリア国内で公開した。これは多国籍石油会社としてオーストラリアで初めて株式公開を行った事例であった。一方のアンポルは1988年、建材大手のパイオニア・インターナショナル(Pioneer International Limited、現ハンソン・オーストラリア)に買収され、その傘下に入る。翌1989年、パイオニアは当時オーストラリア最大の独立系石油販売会社であったソロ・オイル(Solo Oil Limited)も買収し、アンポルの事業基盤をさらに拡大させた。

カルテックスとの統合

パイオニア・インターナショナルの傘下でソロ・オイルを取り込んだアンポルは、1990年代に入ると競合であったカルテックス・オーストラリア・リミテッド(Caltex Australia Limited)との事業統合に向かうことになる。カルテックス・オーストラリア・リミテッド(Caltex Australia Limited)は、1981年3月にゴールデン・フリースを買収するとともに、株式の25%をオーストラリアの一般株主に公開していた。これは多国籍石油会社としてオーストラリアで初の株式公開であり、この時点で同社はすでに完全所有の子会社ではなくなっていた。また、当時その親会社であったカルテックス・ペトロリアム・コーポレーション自体、米シェブロン(旧スタンダード・オイル・オブ・カリフォルニア)とテキサコが折半出資する合弁会社であった。

1995年、アンポルとカルテックス・オーストラリアの完全子会社であったカルテックス・オイル(オーストラリア)・プロプライエタリー・リミテッド(Caltex Oil (Australia) Pty Ltd)は事業統合を行い、アンポルの親会社パイオニア・インターナショナルとカルテックス・オーストラリアが折半出資するオーストラリアン・ペトロリアム・プロプライエタリー・リミテッドを設立した。これによりアンポルはオーストラリア最大の石油下流事業会社となった。1997年から1998年にかけてパイオニアが保有株式を段階的に売却したことで、カルテックス・オーストラリアが同社の完全所有権を獲得し、社名をカルテックス・ペトロリアム・オーストラリア・リミテッド(後にカルテックス・オーストラリア・リミテッド)へと改めた。以後10年ほどをかけて、店頭ブランドはアンポルからカルテックスへと段階的に置き換えられていった。

2001年から2015年にかけては、親会社であるカルテックス・オーストラリア自体の株式を米シェブロンとオーストラリアの一般株主が折半で保有する上場会社としての体制が続いた。すなわちこの間もカルテックス・オーストラリアはシェブロンの完全子会社であったことは一度もなく、部分出資による上場企業であり続けたのである。2015年、シェブロンは保有していた株式を市場で売却し、カルテックス・オーストラリアはオーストラリアの一般株主のみが保有する完全な国内上場企業となった。

アンポル・ブランドへの回帰

2019年12月、カルテックス商標の権利者であるシェブロンは、オーストラリアにおけるカルテックス・ブランドの使用許諾契約を終了する旨をカルテックス・オーストラリアに通告した。これを受けて2020年5月、同社は社名をアンポル・リミテッドへと正式に変更し、新たなロゴを導入した。ブランドの刷新は2020年から2022年にかけて段階的に進められ、シドニーやメルボルンを皮切りに全国の給油所でアンポルの名称と赤青の帯を配したロゴが復活した。なお、この間にシドニーのカーネル製油所は閉鎖され、輸入ターミナルへと転換されており、精製機能はブリスベンのライトン製油所に集約されている。

国際展開と事業拡大

2017年からニュージーランド市場に進出していたアンポルは、2021年にニュージーランドの燃料販売大手ゼット・エナジー(Z Energy Limited)の買収を提案し、2022年5月10日に買収を完了させた。買収総額は約19億ニュージーランドドルであった。これによりアンポルはニュージーランドにおいても主要な燃料小売事業者となり、ゼット・エナジーはオーストラリア証券取引所の外国上場規則のもとニュージーランド証券取引所への上場を維持しつつアンポルの完全子会社として運営されている。このほかアンポルはフィリピンの独立系燃料会社シーオイル(Seaoil Philippines, Inc.)に20%の出資を行うなど、アジア太平洋地域における事業基盤の拡大を進めた。2020年代半ばには、かつて豪ウールワース・グループ(Woolworths Group Limited)が1996年に立ち上げ、2019年に英EGグループ(EG Group Limited)へ売却された給油・コンビニエンス事業EGオーストラリアの買収も進められ、傘下への統合が図られている。

第1版:2026-09-18.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.






















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