ぶらぶら絵葉書

都営地下鉄大江戸線[E]

都営大江戸線は, 東京都の地下鉄網整備計画の中で最後に実現した路線の一つであり, 構想から全線開業までに長い年月を要した歴史を持つ.その原型は1960年代の都市交通審議会答申に遡る.1968年の答申第10号において, 新宿から中野, 練馬を経て, さらに都心部を環状に結ぶ「12号線」の必要性が提起され, これが後の大江戸線の基本構想となった.しかし, 既存の地下鉄や地下埋設物が複雑に入り組む都心部での建設は技術的・財政的に困難を極め, 計画の具体化には時間を要した.

1980年代に入ると, 東京都は深い地下を通過するために車両を小型化し, トンネル径を小さくできる「リニアモーター駆動方式」の採用を決定した.リニア方式は急勾配や急曲線に強く, 既存路線のさらに深層を掘り進むことが可能であり, 都心部の過密な地下空間を有効活用できる画期的な利点があった.なお, 日本初の商用リニア式地下鉄は1990年開業の大阪市営地下鉄(現:Osaka Metro)長堀鶴見緑地線であり, 大江戸線はこれに次ぐ国内2番目の採用例である.

建設工事は練馬区の光が丘付近から着手された.1991年12月10日, 放射部である光が丘駅から練馬駅間が「都営12号線」として先行開業し, これが最初の営業区間となった.その後, 1997年12月19日には練馬駅から新宿駅までが延伸開業し, 都心の主要ターミナルである新宿への到達によって利便性が飛躍的に向上した.

路線名称が「大江戸線」に決定したのは, 環状部がほぼ完成に近づいた1999年のことである.公募では「東京環状線(ゆめもぐら)」が1位となったが, 当時の石原慎太郎都知事の意向により, 江戸の歴史を象徴する「大江戸線」が採用された.そして2000年4月20日, 新宿駅から国立競技場駅間が開業.同年12月12日, 残る国立競技場駅から都庁前駅(飯田橋・両国経由)に至る全区間が開業し, 現在の「6の字型」の運行形態が完成した.これにより, 計画から約30年を経て, 都心部を網羅する全線開通が実現したのである.

新宿西口駅[E-01]


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東新宿駅[E-02]


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若松河田駅[E-03]


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牛込柳町駅[E-04]


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牛込神楽坂駅[E-05]


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飯田橋駅[E-06]


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春日駅[E-07]


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本郷三丁目駅[E-08]


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上野御徒町駅[E-09]


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新御徒町駅[E-10]


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蔵前駅[E-11]


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両国駅[E-12]


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森下駅[E-13]


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清澄白河駅[E-14]


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門前仲町駅[E-15]


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月島駅[E-16]


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勝どき駅[E-17]


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築地市場駅[E-18]


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汐留駅[E-19]


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今日も街角をぶらりと散策.
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