鹿児島市電
鹿児島市電は,鹿児島市交通局が運行する都市型の軌道交通である.九州において現存する数少ない路面電車の一つであり,長い歴史を有するとともに,現在も市民の重要な交通手段として広く活用されている.
その起源は大正時代にさかのぼる.鹿児島市電は1912年[大正元年]12月1日に開業し,当初は民営の鹿児島電気軌道株式会社によって運営されていた.開業当初の路線は武之橋から谷山までを結ぶものであり,当時の鹿児島における都市交通の先駆けであった.以後,路線は数年のうちに市街地の発展に伴って拡張され,郊外への延伸が進められた.
1928年[昭和3年]7月1日,鹿児島市は軌道事業を買収し,以降は公営交通として整備・運営される体制に移行した.この公営化は,安定した市民サービスの提供とインフラ整備の一体化を目的としたものである.戦中および戦後の困難な時期においても,物資不足や空襲による被害に見舞われながら,市電は市民の足としての役割を果たし続けた.特に第二次世界大戦後の復興期には,バス交通が十分に整っていなかったことから,路面電車が市内交通の主軸として重用された.
高度経済成長期には,自家用車の普及と都市部での道路整備の進展により,全国各地で路面電車の廃止が相次いだが,鹿児島では維持と近代化が進められた.1970年代以降も廃止されることなく運行が続けられ,低床車両の導入,車両の冷房化,交通系ICカードの導入など,時代の要請に即した改良が重ねられてきた.また,電停のバリアフリー化,運行間隔の最適化,観光資源との連携といった施策も推進され,市電は通勤・通学の足を超えた都市観光の重要な手段ともなっている.
最盛期には総延長19.2kmの路線を有していたが,1985年に上町線[2.2km]および伊敷線[3.9km]が廃止され,現在は総延長13.1kmの運行体制となっている.現在の鹿児島市電は,谷山線[谷山~鹿児島駅前],第一期線[鹿児島駅前~朝日通],第二期線[朝日通~郡元],唐湊線[郡元~鹿児島中央駅前]の4路線で構成されている.これらを用いて,1系統は鹿児島駅前から谷山を結ぶ全線運行を担い,2系統は鹿児島中央駅前から郡元までの区間を往復する系統である.
車両は,旧来のボギー車から最新の超低床電車[LRV]まで多様な形式が運用されている.特に1997年に導入された1000形ユートラムは,先進的なデザインと機能性を兼ね備えた車両として注目され,鹿児島市電のシンボルともなっている.
鹿児島市は桜島を抱える活火山地帯であり,日常的に火山灰が降る環境にある.こうした特殊な自然条件下においては,電車車両および軌道の清掃・保守が困難を伴うが,市電は専用の清掃体制と保守技術により,その影響を最小限に抑えつつ,安全かつ安定した運行を維持している.車両の清掃頻度は高く,電気系統や軌道敷の保護にも特別な配慮がなされている.
また,鹿児島市電は単なる公共交通機関を超えて,地域文化と市民生活に深く根ざした存在である.地域住民による保存活動や学校教育との連携,市電を活用した各種イベントなども活発に展開されており,公共交通を媒介とする地域コミュニティの形成にも貢献している.近年では,観光客向けの特別運行やレトロ電車の活用も進み,地域活性化の象徴ともなっている.
鹿児島市電は1912年の誕生以来,110年以上にわたり市民と旅行者に愛され続けている.日本最南端の路面電車としても知られ,その存在は鹿児島の都市風景,歴史,そして風土と不可分の関係にある.環境負荷の少ない都市交通として,また都市の骨格を形成する中核的インフラとして,鹿児島市電は今後もますますその価値を高めていくことが期待されている.
@2013-08
今日も街角をぶらりと散策.
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