英国王立武具博物館所蔵.
この甲冑は,テューダー朝第2代のイングランド王であるヘンリー8世[Henry VIII, 1491-06-28/1547-01-28]が1520年6月にヴァロワ朝の第9代フランス国王であるフランソワ1世[François Ier, 1494-09-12/1547-03-31]との歴史的会見「金襴の陣[Field of the Cloth of Gold]」で着用したものである.
金襴の陣[仏語: Le Camp du Drap d'Or]は,イングランド王国が大陸で唯一所有していたカレーの近郊にあったフランス領バランゲム[Balinghem]の平原で開催されたイングランド王とフランス王の会見,あるいはその際に設けられた会場を指す.1518年に締結された英仏条約を受け,両君主の親交を深め同盟関係を強化する目的で,1520年6月7日から24日にかけて行われた.会見は両国の外交的和解と友好を演出する盛大な祭典であり,当時の豪華な衣装や会場の装飾が「金襴」の名の由来となっている.英語の「Field of the Cloth of Gold」という表現は,特定の金の布地を指すものではなく,18世紀以降に定着した呼称である.
16世紀初頭のルネサンス期において,甲冑は防御機能を超えた政治的・芸術的象徴として重要な役割を担っていた.ヘンリー8世は若き君主として[当時29歳],フランソワ1世[当時28歳]との間で個人的な威信と国家の威厳をかけた競争を繰り広げており,この甲冑はその象徴的表現であった.
製造は主にヘンリー8世がグリニッジに設立した王立武器工房で行われ,ドイツ系職人コンラート・サイゼンホーファーやその弟子たちが中心的役割を果たした.イングランド国内の技術のみならず,ヨーロッパ各地の最高水準の技術が結集された国際的な作品である.
全体的には実用性を重視した設計となっている.「金襴」は甲冑自体ではなく,会見場の天幕や衣装に使用された豪華な金糸織物を指している点に注意が必要である.
厚さ2-4mmの鋼板で構成され,特に胸部と背部は槍の衝撃に耐えうる強度を持つ.関節部分には巧妙な可動機構が組み込まれ,騎馬時の動作を妨げない設計となっている.総重量は約25-30kgと推定される.
この甲冑は単なる武具を超えて,ヘンリー8世の若き王としての野心と,イングランドがヨーロッパの主要国家として台頭する象徴であった.「金襴の陣」での競技は両国の友好を演出する一方で,君主個人の武勇と威厳を競う場でもあり,この甲冑はその政治的演出の重要な道具として機能した.
現在,この甲冑は英国王立武具博物館に所蔵されており,16世紀ヨーロッパの宮廷文化と軍事技術の最高峰を示す貴重な文化遺産として位置づけられている.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"