フランスの画家であるベルナール・ビュッフェ[Bernard Buffet, 1928-07-10/1999-10-04]の1965年の作品.
『アーティチョークのある静物』は,冷厳で幾何学的な構成と黒い輪郭線による描写によって,対象に独自の存在感を与えている作品である.本作に描かれているモチーフは,中央に大きく配置されたアーティチョークを中心として,ナイフ,皿,テーブルクロスといった日常的な静物群である.だが,いずれも写実的というよりは,鋭い輪郭と抑制された色彩の中に抽象的な緊張感をたたえており,生活感や温もりを意図的に排している.
ビュフェは,1948年にパリで最も権威のある新人賞・批評家賞を受賞し,戦後フランスで頭角を現した具象画家である.その特徴的な黒の輪郭線と,抑制されたくすんだ色調によって,疎外や孤独,静けさといった心理的な深みを視覚的に定着させた.1950年代には日本でも紹介され始め,特にその静謐で厳格な人物描写は,当時の若者によってサルトルの実存主義やカミュの不条理の思想と重ねられ,共鳴を呼んだ.
色調はビュフェ特有のモノトーンに近い抑制されたパレットで構成されており,背景の灰色や黒,そしてアーティチョークのくすんだ緑など,全体に沈んだ印象を与える.これにより画面全体が静謐かつ重々しい空気に包まれており,観者に対して感情的な没入ではなく,冷静な観察を促している.黒く太い輪郭線は単なる描線にとどまらず,画面構成を形づくる骨格として機能しており,各対象を孤立させると同時に,緊密な構造性をもたらしている.
構図は厳格に平面的であり,遠近法や光源の変化によって空間的な奥行きを演出することを避けている.このことにより,静物であるにもかかわらず,対象はあたかも舞台上に置かれた道具のように,演出された緊張の中に配置されている.ここには,印象派的な即興性や自然主義的な写実への距離が明確に示されており,むしろ存在そのものの重さと静けさが主題となっている.
ビュフェはこの作品を通じて,静物というジャンルに内在する「死の気配」や「物質性への凝視」を強調している.そこには感傷や詩的情緒はなく,明確な輪郭と硬質な構造によって,見る者に対して対象の「存在の証明」としての絵画を突きつけている.このようなスタイルは,戦後フランスにおける実存主義的感覚や不安の時代精神とも通底しており,静物画という形式に新たな重層性を与えている.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"