キリスト降誕

フランドルの画家であるハンス・メムリンク[Hans Memling, c1430|1440/1494-08-11]の1470年の作品.プラド美術館所蔵.

「キリスト降誕」の場面を描いた作品である.この絵は,初期ネーデルラント絵画に特有の細密描写と,神秘主義的な静謐さとが見事に結びついた典型例である.

画面中央には聖母マリアが深い青色のマントをまとって座し,その足元に横たえられた幼子イエスを静かに見つめている.幼子は布もなく裸で地面に置かれており,この描写は受肉した神の謙遜と,神性と人間性の一致という神学的主題を視覚的に表している.聖母の表情は深い瞑想に満ちており,その穏やかで閉じたまなざしは,降誕の奇跡を内省的に受け止めていることを示す.彼女の手は合掌しており,礼拝と祈りの象徴として構成の中心に据えられている.

聖ヨセフは画面右手前に描かれ,跪いてろうそくを掲げている.その灯火は,闇の中に現れた光としてのキリストを象徴し,ヨセフ自身の静かな献身と役割を浮かび上がらせている.彼の位置は控えめであるが,絵画全体におけるバランスに不可欠であり,父としての責任と神秘への参与の両方を担っている.

全体の構図は,中心から左右に広がる安定した三角形を基調としており,画面の隅々まで緻密な視覚情報が配置されている.色彩は主に深い青と赤,金を用いており,これらの伝統的なマリア的色調が画面全体の霊的緊張感を高めている.同時に,陰影と光の取り扱いも極めて繊細であり,物質感を保ちながらも聖性を帯びた空間が構築されている.

この作品は,メムリンクの宗教的内省と形式の洗練が高次に融合したものであり,北方ルネサンスにおけるキリスト降誕主題の最も瞑想的な表現のひとつと評価されるべきものである.騒がしさを排したこの静かな祝祭は,画家の霊性と技巧が結晶化した神秘的ヴィジョンとして,今なお観る者に深い感銘を与える.


'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"

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