機織図屏風

機織図屏風は,江戸時代[17世紀]に制作された紙本金地著色の二曲一隻の屏風作品である.画面サイズは高さ151.3センチメートル,幅170.9センチメートルという大画面を有し,機織りという特定の職種に従事する女性たちの労働場面が主題として描かれている.

この作品は近世初期風俗画の重要な特色を体現している.それまでの伝統的な名所絵や職人絵などの定型的な形式を越えた自由な風景描写の手法が見られ,特に人物描写への関心の高まりと,女性像を画面に大きく描くという当時の新しい作風を代表する作例として知られている.構図的には,人物を大きく描き,焦点を女性たちに合わせることで,労働する女性の姿を主体的に捉える視点が明確に示されている.

技法的特徴として,画面全体に配された装飾的な金雲が女性たちを取り巻き,前後の自然な空間を巧みに作り出している.この金雲による空間構成により,働く女性たちの姿が効果的に浮かび上がる視覚効果が生み出されている.また,女性たちの衣裳や画面に描かれた秋草は,細緻な金泥の線を用いて表現されており,画面の隅々まで繊細に配慮された技巧が認められる.織機や糸巻き,糸などの機織り道具は写実的に描かれ,当時の織物技術の実態を正確に伝える史料的価値も備えている.

美術史的位置づけとしては,本格的な草花描写が見られることから,元和・寛永年間[1615/1644]頃に活躍した岩佐派の画風を学んだ画家によって制作されたものと考えられている.岩佐派の影響を受けつつも,装飾性を重視した表現様式の中に,人物描写における繊細な筆致と心理的な表現力が発揮されており,空間処理においても奥行きと立体感を創出する独自の工夫が凝らされている.

この作品が持つ文化史的意義は,風俗画のなかでも労働そのものを主題とした稀有な作例である点にある.特に女性の労働する姿を肯定的に捉え,日常生活に根ざした勤勉な姿を美的対象として昇華させている点で,当時としては画期的な視点を示している.機織りの各工程が技術的に正確かつ丁寧に再現されており,描かれた女性たちの表情や身振り,姿勢には個性的な特徴と写実的な温かみが込められている.こうした総合的な表現により,この作品は単なる視覚的な美しさを超えて,民衆の労働と日常生活の尊厳を芸術作品として昇華させることに成功しており,近世初期における社会的変化や民衆文化の興隆を反映した重要な文化資料として極めて高い価値を有している.

MOA美術館所蔵.


'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"

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