キリストの変容

盛期ルネサンス期[High Renaissance]のフィレンツェ派の画家ラファエロ・サンティ[Raffaello Santi,1483/4/6-1520/4/6]が生涯の最後に取り組んだ油彩板絵であり、縦410センチメートル、横279センチメートルという大画面の祭壇画である。現在はバチカン美術館絵画館に所蔵されている。

制作依頼したのは、後に教皇クレメンス7世となるジュリオ・デ・メディチ枢機卿であり、フランスのナルボンヌ大聖堂の祭壇画として構想された。注目すべきは、同じ枢機卿が同時期にセバスティアーノ・デル・ピオンボに『ラザロの復活』をも発注していた点である。セバスティアーノの背後にはミケランジェロが素描を提供するなど技術的支援を行っており、これは十年以上にわたるミケランジェロとラファエロの芸術的競争を再燃させる構図となった。ラファエロはセバスティアーノの作品の内容を把握した段階で、当初は「変容」の主題のみを描く予定であった構図を全面的に刷新し、「悪霊に憑かれた少年の癒し」という第二の主題を下半部に加えるという大胆な判断を下した。

ラファエロは1518年末頃から制作に着手し、1520年4月6日に37歳で急逝するその直前まで筆を執り続けた。伝記作家ジョルジョ・ヴァザーリは、最後にキリストの顔を描き終えると画家に死が訪れたと記しており、この逸話は作品に一層の神秘性を付与している。なお、1972年から1976年にかけての修復・洗浄調査により、作品の大部分はラファエロ本人の手によるものであることが確認されており、弟子のジュリオ・ロマーノやジャンフランチェスコ・ペンニが担当したのは左下の人物像の一部に過ぎないとされている。

本作が美術史上きわめて異例な作品であるのは、「変容」と「悪霊憑きの少年の癒し」という聖書中の二つの連続した物語を、一枚の画面に組み合わせた点にある。「変容」の主題は多くの画家によって描かれてきたが、これに続く癒しのエピソードを同一画面に共存させた例は他に類を見ない。典拠は「マタイによる福音書」第17章1-21節および「マルコによる福音書」第9章2-21節である。

この斬新な構成について、ゲーテは「下部には苦しみと必要性があり、上部には効果的な力と救助がある。それぞれが互いに関連し、両方が相互作用している」と評した。上部は神の栄光と救済の力の世界であり、下部は悲嘆と無力の人間の世界である。その二つを一枚の絵画として統合することで、ラファエロは救済の必要と救済の力を同時に視覚化するという、まさに神学的命題を絵画として解いてみせた。

画面上部では、タボル山の山頂においてキリストが神としての姿を顕現させる場面が描かれている。キリストは純白の衣をまとい、両腕を左右に広げ、顔を天へと向けながら宙に浮かび上がっている。その身体から放たれる光は眩いばかりであり、周囲の大気全体を神的な輝きで満たしている。

キリストの右手側(画面向かって左)に描かれているのは、旧約聖書最大の預言者のひとりであり、死を経ることなく天に昇ったとされる人物であるエリヤ。ラファエロはエリヤを、躍動感のある身体の動きをもって表現している。エリヤは宙に浮きながらキリストの方向へと身体を傾け、かつてカルメル山において神の絶対性を証明した預言者としての威厳を漂わせつつも、変容したキリストの神性に対してその身を寄せる姿勢を見せている。

ラファエロが描くエリヤには、単なる傍観者としてではなく、キリストの神性を証言する積極的な存在としての役割が与えられている。旧約の預言が新約のキリストにおいて成就するという神学的構造の中で、エリヤの存在は不可欠な要素である。その衣の描写にも注目すべきであり、ラファエロ晩年の深みある色彩表現が存分に発揮されており、光と影の対比が人物造形に彫刻的な量感をもたらしている。

参照:西洋美術史


'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"

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