

ルネサンス期[Renaissance]の神聖ローマ帝国[Heiliges Römisches Reich:800/1806]・ニュルンベルク[Nürnberg]出身で,北方ルネサンス[Northern Renaissance]を代表する巨匠であるアルブレヒト・デューラー[Albrecht Dürer, 1471-05-21/1528-04-06]の作品.ウフィツィ美術館所蔵.
本作は, デューラーが自然観察に基づく緻密な描写と宗教的精神性を同時に追求した成果であり, 私的信心の対象としての静謐さと, 芸術的探究としての精確さが均衡している点に特徴がある.
画面中央には聖母マリアが坐し, 幼子イエスを腕に抱くという伝統的な構図が採られている.ウフィツィ版では, 聖母は正面を向いて描かれ, 白いブラウスと赤いドレスを着用している.長い金髪は左右ほぼ対称に肩に垂れ, 白いブラウスと赤いドレスの襟元も互いにほぼ対称に配置され, 柔らかく曲線的な顔の特徴と対比をなしている.赤は愛と受難を象徴し, 白は純潔を表す色として聖母像に用いられてきた.デューラーは衣装の階調を巧みに扱い, 布地の重さ・柔らかさ・光沢を精密な筆致によって再現している.布の襞の走り方や光の反射は, 実在感を与えると同時に, 人物の内面的静けさを強調しているのである.
本作の象徴的中心は, 聖母が左手に持つ梨の実である.梨は北方の宗教図像において, 受肉, 慈愛, 救済の象徴として頻繁に登場する果実であり, またアダムとエヴァの原罪を暗示するリンゴの転化としても解釈される.すなわち, 禁断の果実としてのリンゴが原罪をもたらしたのに対し, キリストが手にする梨は救済の果実として対置され, 旧約と新約, 堕落と救済の対比構造が視覚化されているのである.ここでは象徴が自然物として具象的に描かれ, その写実が象徴性を逆に強化している点が北方ルネサンスの典型である.
ウフィツィ版では, 幼子イエスは完全に衣服を身につけた姿で描かれており, 右手は聖母のマントの端をつかみ, 左手は花を握りしめている.構図は小さなサイズ, 43 × 32 cmにもかかわらず, 聖母が半身像でほぼ画面いっぱいに描かれており, 密度の高い空間構成を示している.形態は丸みを帯び, 構図空間に絶対的な自信をもって緊密に配置されており, 幼子の腕と手の動きによって生み出される補完的な曲線の遊びや, 聖母と幼子の顔の構成にも, デューラーの様式の変化が認められる.
1526年制作の本作は, デューラーの聖母子像シリーズの中で最も様式的に成熟した最後のバージョンとされている.この時期は宗教改革の影響でルター派の教会改革者たちがほとんどの宗教芸術作品を軽視していたため, 絵画制作は版画ほど利益を生まなくなっていた.それにもかかわらず, 本作は私的信心のための作品として制作されたと考えられる.
1512年制作のウィーン版との比較において, ウフィツィ版の特徴はより明確になる.ウィーン版は菩提樹材に油彩で描かれ, 43cm×32cmのサイズを持ち, 黒い背景に対して聖母マリアの胸像が描かれている.ウィーン版では, 幼子イエスは裸体で描かれており, 強健で力強い身体が真の人間性を示している.また, デューラーは幼子イエスが梨を持っているだけでなく, それを食べたことを示す小さな二つの歯形を描いている.これに対しウフィツィ版では, 幼子は着衣しており, より成熟した神学的意味合いと様式的洗練を示している.
技法的には, 油彩による透明な層の重ね塗りが効果的に用いられており, 特に聖母の肌の柔らかな質感と幼子の丸みを帯びた身体表現において, デューラーの卓越した油彩技術が発揮されている.また, 幼子イエスの身体表現には, デューラーが人体比例研究に傾倒していた痕跡が認められ, 理想化された幼児の身体が古典的調和を備えて描かれている.
デューラーは1494年および1505-07年に行ったイタリア旅行で習得したイタリア・ルネサンスの空間表現と, フランドル絵画伝統の精密描写を統合した.本作における聖母の表情には慈愛と憂いが混在し, 幼子の受難を予見するかのような深い精神性が画面全体を貫いている.こうした感情表現は, 宗教改革前夜のドイツにおける個人的信仰心の深化と, 人間性に根ざした宗教体験への関心を反映したものと解釈できる.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
