5月のピクニック

パール・シニェイ=メルシェ[Szinyei Merse Pál;1845-07-04/1920-02-02]による1873年の作品.ハンガリー・ナショナル・ギャラリー所蔵.

パール・シニェイ=メルシェの『五月のピクニック』[原題:Majális, 英題:Picnic in May]は, 1873年制作の油彩画であり, ハンガリー国立美術館に所蔵される同国近代絵画の記念碑的作品である.画面は緩やかに傾斜した草地の斜面を舞台とし, 明るい日差しの下で余暇を過ごす若い男女の集団が描かれている.彼らは草地に敷物を広げ, くつろぎながら談笑し, また横たわったりしており, 日常的な社交の一瞬を捉えたかのような自然な動きを示している.

最も印象的なのは色彩構成である.明るい緑の草地が画面全体を包み込み, その上に置かれた赤・ピンク・白といった布や衣装の鮮やかな色が強い視覚的焦点を形成する.特に画面中央に広げられた鮮やかな赤い敷布は, 構図上の錨として機能し, 観者の視線を引きつける.これらの色彩配置は偶然の瞬間を捉えた現代的な感覚を与えつつ, 同時に古典的絵画に根差す明確な構図意識を保っている.人物群は画面右に向かって緩やかな対角線を描くように配置され, 遠景の丘陵は柔らかな輪郭で処理されるため, 空気遠近法的効果によって空間が奥行きを持つ.

本作は当時のヨーロッパに広がりつつあった戸外制作[plein air]の試みと, 自然光の捉え方への強い関心を反映している.シニェイ=メルシェは1870年代初頭にミュンヘンで学び, そこでヴィルヘルム・ライプルらの影響を受けつつ, 自然主義的傾向と光の表現に対する感受性を獲得した.しかし彼は印象派のような筆致の分解や強い瞬間性には踏み込まず, 人物描写においては細部の精緻さと輪郭の明瞭さを維持している.この点において, 本作はハンガリーにおける独自の近代絵画形成の過程を示すものであり, 外来の芸術潮流を受容しつつ, それを自国的感性と折衷させた結果である.

また, この絵には作者自身を思わせる人物が左側前景に横たわる姿で描かれていると伝えられ, 自画像的挿入を通じて観者を画中世界へ誘う仕掛けが施されているとも解釈される.同様に, 画家の妻や友人たちもモデルとして登場していると考えられており, この作品は芸術家サークルの親密な集いを記録した側面も持つ.人物たちの視線や身体の向きの微妙な関係性は, 静的な場面に適度な緊張と生気を与え, 画面全体を単なる風俗画以上の豊かな心理的空間へと高めている.

『五月のピクニック』は制作当時から一定の注目を集めたものの, 保守的な批評家からは伝統的主題を欠くとして批判を受けることもあった.しかし20世紀に至って再評価が進み, 現在ではハンガリー近代絵画を代表する作品の一つとして位置づけられている.鮮烈な色彩, 光への鋭敏な感受性, 人物の自然な配置と動作などが相まって, この作品は静謐さと活気を同時に備えた希有な調和を実現している.画家の若き日の実験精神と成熟しつつある美術観が結晶した作品として, またハンガリー美術がヨーロッパの近代化潮流と対峙し独自の道を模索した証左として, 美術史上の価値が確立されているのである.


'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"

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