

北海道函館市著保内野遺跡出土.
この中空土偶は, 縄文時代後期[紀元前1500年〜紀元前1000年頃]に制作された極めて精巧な土偶であり, 縄文造形文化の頂点を示す作品である.発見は1975年8月24日, 当地の畑を耕していた農家の女性によって偶然行われたものであり, その保存状態の良さと造形の完備性は特筆に値する.高さ41.5cm・幅20.1cm・重量約1.745kgという大型土偶であり, 内部が完全な空洞構造となっている点に最大の特色がある.薄い胎土を均質に成形し, 頭部から脚部までを一体化した中空構造を破損なく成立させていることは高度な技術力の証左であり, 当時の工人が精密な成形技術と焼成管理を習熟していたことを示している.底部に小孔を設けて焼成時の内部圧力を逃がす工夫が施されている点も, 中空土偶特有の技術的配慮として知られる.
形態的特徴として, 頭頂部には小突起が付き, 肩は大きく張り, 胴には明瞭なくびれが与えられる.脚部は太く造形されるが, 膝下で筒状に連結されており, 自立はしない.全身には精緻な文様が施され, とりわけ顔面は抽象化が進むものの, 眼部・鼻部に相当する隆起が造形的アクセントとなっている.ただし, この土偶の目の表現は, しばしば東北〜北海道南部の土偶に見られる「遮光器土偶」のような極端に大きなレンズ状眼とは異なり, 突出的で球状の造形を特徴とする別系統の表現であるため, 「遮光器」とするのは厳密には適切でない.文様は刺突・磨消・沈線など複数の技法を組み合わせた複雑な構成をもち, 腹部・背部にも縄文後期の典型的な曲線文・渦巻文が周到に施されている.これらの文様構成は, 単なる装飾ではなく儀礼的意味を担う象徴体系の一部と解釈される.
著保内野遺跡を含む南茅部地域は, 縄文早期から晩期にかけて連続的な定住文化が営まれた地域であり, 周辺の噴火湾[内浦湾]は海産資源に恵まれ, 森林資源にも富んでいた.この中空土偶は, そうした環境的豊饒性と長期的文化蓄積の中で成立した高度な造形精神と儀礼観念を示すものであると考えられる.土偶は一般に再生・治癒・祈願・呪術的保護などを象徴すると解されるが, 中空構造を有する大型土偶は, 特別な儀礼の中心的対象であった可能性が高い.女性的身体表現の強調は, 妊娠・出産・再生・豊穣と結びつく観念を強く反映しており, 共同体の生命の循環と繁栄を祈願する道具として用いられたと推測される.
この土偶は1979年5月21日に重要文化財に指定され, その後2007年6月8日に北海道で初めて国宝に認定された.現在は函館市縄文文化交流センター[愛称「道の駅・縄文ロマン南かやべ」]に常設展示され, 「茅空[かっくう]」の愛称で親しまれている.縄文時代の精神世界と卓越した技術力を今に伝える代表的文化財であり, 国内外から極めて高い評価を受けている.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
