カップル

オスカル・ドミンゲス[Óscar Domínguez;1906-1957]による1937年の作品.ベラルド・コレクション美術館所蔵.

オスカル・ドミンゲスが1937年に制作した『カップル』は, スペイン内戦の渦中にあった時代に生み出された作品であり, スペインの自治州であるカナリア諸島テネリフェ島[Isla de Tenerife, Islas Canarias;Tenerife Island, Canary Islands]出身のシュルレアリスム画家としての彼の特徴が鮮明に示されている.現在はリスボンのベラルド・コレクション美術館[Museu Coleção Berardo]が所蔵しており, ドミンゲスの成熟期における造形的探究と心理的主題が結晶した重要作として位置づけられる.

ドミンゲスは1929年にパリに移住し, 1934年にアンドレ・ブルトンに認められてシュルレアリスム運動に正式に参加した.彼は「デカルコマニー」という技法の発展に中心的な役割を果たし, 偶然性と無意識の表出を重視するシュルレアリスムの方法論に大きな貢献をした.しかし本作『カップル』は, 偶然に生じる模様を積極的に利用する偶然性に依拠したデカルコマニー[décalcomanie]ではなく, 意識的に構築された形態操作によって制作されており, ドミンゲスの多面的な造形能力を示している.

本作は, 男女の身体を基調としながらも, それらが通常の人体としての統一性を失い, 断片化・変形し, 互いに絡まり合うように構成されている点に特徴がある.ドミンゲスは1930年代のシュルレアリスムが強く追求した「欲望」「無意識」「変容」を主要なテーマとし, 人体を一種の機械装置や象徴的オブジェの集合へと変換する手法を好んだ.この点で彼の作品は, ハンス・ベルメールの球体関節人形やマックス・エルンストの身体変容的表現と共鳴しつつ, 独自の硬質な造形言語を構築している.『カップル』でも, 二つの身体は境界を曖昧にし, 部分ごとに異なる質感・形態・動勢を示しながら, ひとつの歪んだ有機的構造物のように画面上で融合している.

人物の身体が持つ輪郭は硬質で, 金属的な印象を帯びる一方で, 内部には肉体的で柔らかな質感を残している.これはドミンゲスがしばしば用いた「機械的形態と有機的形態の衝突」の典型であり, 身体が外界の圧迫や内的衝動によって変形し続けるような不安定な状態が描き出されている.1937年という制作年を念頭に置けば, 内戦下の不安, 社会の破壊, 個人の心理的緊張が作品の造形に反映されていると考えられる.同年, ピカソが『ゲルニカ』を制作しており, スペイン出身の芸術家たちが戦争という現実に対して独自の視覚的応答を試みていた時代背景がある.

色彩は抑制されつつも, 強く対比する明暗によって形態が浮かび上がり, 画面には緊張と静けさが同時に漂う.背景は最小限の情報に留められ, 人物の合体・変容という主題が強調されている.シュルレアリスム作品に特有の夢的空間が形成され, 現実の身体ではあり得ない構成が自然に受け入れられるよう構築されている点は, ドミンゲスの空間設計の巧みさを示している.

本作における「ふたり」は, 個別の人格を示すよりも, むしろ結合そのものが主題となっている.二者が同一の有機物へと融解し, 個と個の境界が消失するような表現は, シュルレアリスムが追い求めたエロスの象徴性を強く帯びる一方, 破壊と再生が同時に起こるような不穏さも孕んでいる.この解体と連続性の感覚は, 同時代思想の一部にみられる「エロティシズムと死」の観念とも共鳴する視覚表現である.ドミンゲスの作品にはしばしば暴力性, 官能性, ユーモア, 機械性が同時に現れるが, 『カップル』はその複雑なレイヤーを純度高く提示している.

『カップル』は, 人物の形態が象徴的記号へと変換される過程, 愛や欲望のエネルギーが身体の変容として可視化される構成, そしてドミンゲス独自の硬質でありながら流動的な線描が高度に統合された作品である.ベラルド・コレクション美術館所蔵作の中でも, シュルレアリスムが1930年代に到達した視覚言語の緊張感と革新性を示す重要な位置を占めている.ドミンゲスは戦後も制作を続けたが, 1957年にパリで自死を遂げるまで, 身体の変容と無意識の表出という主題を追求し続けた.『カップル』はその探究の初期における重要な到達点として, 今日なお鑑賞者に強い視覚的・心理的衝撃を与え続けているといえよう.


'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"

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