落ち着いた絵のある室内

アンディ・ウォーホルらとともにポップアートの代表的な画家として知られる米国のロイ・リキテンシュタイン[Roy Lichtenstein;1923-10-27/1997-09-29]による1991年の作品.ベラルド・コレクション美術館所蔵.

ロイ・リキテンシュタインによる1991年の「落ち着いた絵のある室内[Interior with Painting of Serenity]」は, ポップ・アートの成熟期に位置づけられる室内描写作品の一つである.本作は, 彼が1960年代から展開してきた商業的図像への介入と再構成の流れを深化させつつ, 1980年代以降に強めた「絵画の中に絵画を置く」というメタ絵画的構造を鮮明に示す作品である.

画面はリキテンシュタイン特有の太い黒輪郭線と均質なベンデイ・ドット[Ben-Day dots]によって構成されており, 家具や装飾品, 室内空間の輪郭は幾何学的に整理されている.室内空間は極度に清潔で人工的であり, 生活の痕跡や時間の経過を示すような雑然とした要素は意図的に排除されている.こうした処理により, 本作における「室内」は, 心理的・私的領域の表現としてではなく, 視覚的要素そのものの均整と配置が主題化された設計空間として提示されているのである.

タイトルにある「落ち着いた絵」とは, 室内の壁面に掛けられた二枚の風景画を指す.これらはともにリキテンシュタインが独自に再構成した典型的風景イメージであり, 山並み, 空, 植生などの自然モチーフが極端に単純化され, 太い輪郭線と均質な色面により記号化されている.この二枚を並置することで, 室内空間には視覚的な反復と変奏が生まれ, 人工的に設計された均整の中で複数の自然像が相互に響き合う構造が構築されている.

二枚の画中画の存在は, リキテンシュタインが単に室内の情景を提示しようとしたのではなく, むしろ「イメージがイメージを参照する」という層を増幅し, メタ絵画的効果を強めようとしたことを物語る.二つの風景は内容としては近似しているものの, 構図や色面の分布にわずかな差異があり, この差異が画面全体の人工性と緊張感を支える要素となっているのである.さらに, 二枚の風景画を並べることで, リキテンシュタインは「反復」というポップ・アートの中核的主題,これはウォーホルのシルクスクリーン連作に顕著なものである,を室内画の文脈に導入し, 大量生産時代における複製イメージの性質を問い直している.つまり, 本作は「自然」を記号化しながらも, それが複数枚連なることで人工的空間との対比構造をより複雑化し, 観者に対して「見るとは何か」「絵画とは何を再現するのか」という問いを提示する装置となっている.

1990年代のリキテンシュタインは, アール・デコ, モダンデザイン, 日本の浮世絵, 抽象表現主義, キュビスムといった様々な美術史的要素を「引用」として取り込み, ポップ・アートの枠内を超えて絵画史そのものを対象化していた.本作においても, 空間の処理にはモダニズム的な平面性と構成性が認められ, 画中画の配置と扱いには西洋絵画伝統への意識的な距離が読み取れる.さらに, リキテンシュタインの「室内」シリーズは, マティスをはじめとする近代絵画の巨匠たちによる室内画への批評的応答としても解釈可能であり, 彼らが追求した色彩や空間の調和を, 商業印刷の視覚言語を通じて再文脈化している.すなわち, 本作は単なる室内画ではなく, 20世紀以降の美術における「スタイル」「イメージ」「再現」の問題を多層的に反射する装置として機能している.


'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"

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