
〔読み〕ひろべ。
滋賀県、千葉県、福井県、北海道などにみられる。
部」の字を名字末尾に持つ姓は、服部や綾部のように、朝廷への奉仕を行なう職業集団を表したものが多く、廣部もまたこの系譜に連なると考えられている。すなわち、古代の部民(べみん)の末裔であり、朝廷、皇族、豪族と所縁のある職業集団に由来するとする説が有力。
発祥の地としては、福井県が最も有力視されている。福井県坂井市坂井町木部新保の地に、806(大同元)年、比叡山延暦寺から派遣された僧侶広部がこの地に住み着いたと伝わるという伝承が残る。また別の伝承では、717(養老元)年に広部氏が福井県福井市志津が丘付近(旧・志津)に来住したとの言い伝えもある。両者はいずれも史料的な裏付けに乏しい伝承の域を出るものではないが、廣部という名字の淵源を福井の地に求める説が古くから流布してきたことを示している。なお、表記としては廣部のほか広部も同系統の名字として扱われ、両者は表記上の異体関係にあるとされる。
廣部姓の発祥地を考える際に最も重要なのが福井県である。現在の福井県には廣部姓の比較的濃い分布があり、とりわけ坂井市坂井町木部新保には古い廣部氏の伝承が残されている。また、福井市周辺にも古い来住伝承があることから、福井地方は廣部姓の歴史を考えるうえで中心的な地域の一つである。
坂井市坂井町木部新保の伝承では、806年(大同元年)、この地にいた鬼を退治するため、近江国坂本の延暦寺から僧侶「広部」が派遣され、その人物を起源として広部姓が生じたと伝えている。この話は廣部姓の古い起源伝承として注目される。
また、福井市の旧志津地域にも、717(養老元)年に広部氏が来住したという伝承がある。この伝承も極めて古い年代を示しているが、やはり後世の伝承であり、奈良時代初期から連続する廣部家の系譜が史料によって確認されているわけではない。
福井の廣部姓の起源伝承で重要なのが、滋賀県大津市坂本との関係である。坂本は比叡山延暦寺の門前に発達した地域であり、古代から中世にかけて北陸と近江を結ぶ交通・宗教上の重要地域であった。木部新保の伝承が事実として成立した時期は確認できないものの、「延暦寺から僧侶が越前に派遣された」という形で廣部姓の由来が説明されていることは、福井と近江との歴史的な人的交流を考えるうえで興味深い。
実際、廣部姓は福井県だけでなく滋賀県にも比較的多く分布している。したがって、福井と近江を廣部姓の歴史的な二つの重要地域として捉えることには一定の意味がある。
初版:2026年09月02日(水)。
デザイン名字. 
