パレスチナ国

パレスチナ国とは, 地中海東岸の歴史的パレスチナと呼ばれる地域において形成されてきたアラブ系住民の民族的・政治的主体を基盤とする国家構想であり, その歴史は古代から連続する地域史の中に位置づけられると同時に, 近代以降の帝国主義と民族運動の衝突の中で形成されたものである.

国名دولة فلسطين,パレスチナ国,State of Palestine
面積6,020平方キロメートル
人口5,354,656人[2022]
首都東エルサレム.事実上はラマッラー.
民族アラブ人
言語アラビア語
宗教イスラム教

古代からローマ支配期:「パレスチナ」という地名の成立

古代において, この地域はカナンと呼ばれ, セム系諸民族が居住する多様な文化圏であった.その後, イスラエル王国やユダ王国が成立する一方で, 沿岸部にはペリシテ人など他の民族も共存していた.やがてこの地はアッシリア, 新バビロニア, アケメネス朝ペルシア, さらにはヘレニズム諸王国の支配を受け, 最終的にはローマ帝国に組み込まれた.ローマ帝国はユダヤ人の反乱[特に紀元70年および135年]を鎮圧した後, この地域をシリア・パレスティナ属州と命名した.「パレスチナ」という名称はこのローマ行政区分に由来し, 以後, 地域名として定着していった.

イスラム支配とオスマン帝国統治の時代

7世紀にはイスラム勢力による征服が行われ, この地域はイスラム世界の一部となった.以後, ウマイヤ朝, アッバース朝, ファーティマ朝などの支配を経て, 十字軍時代[11〜13世紀]には一時的にキリスト教勢力の支配を受けたが, 最終的にはアイユーブ朝やマムルーク朝のもとで再びイスラム勢力の支配下に戻った.16世紀以降はオスマン帝国の統治下に入り, 約400年にわたり比較的安定した支配が続いた.この時代, 地域住民の多くはアラブ系ムスリムであり, キリスト教徒やユダヤ人も一定数共存していた.

近代の到来と委任統治下の対立

近代に入り, オスマン帝国の衰退とともにヨーロッパ列強の影響力が強まる中で, 地域の政治状況は大きく変化した.第一次世界大戦後, オスマン帝国が崩壊すると, この地域はイギリスの委任統治領となった.この時期, 1917年のバルフォア宣言に基づくユダヤ人移民の増加が進み, もともとこの地に居住していたアラブ系住民との間に深刻な対立が生じた.パレスチナのアラブ人は, 自らをこの地の固有の住民と認識し, 独立を求める民族運動を展開するようになった.1936年にはアラブ大反乱と呼ばれる大規模な蜂起が起き, イギリス当局と武力衝突に至った.

ナクバ/建国と難民の発生

第二次世界大戦後, 国際社会はこの問題の解決を模索し, 1947年に国際連合はパレスチナ分割案[総会決議181号]を提示した.ユダヤ人側がこれを受け入れる一方, アラブ側は当時のパレスチナ人口や土地所有比率の実態に照らして不当であるとして拒否した.1948年のイスラエル建国とそれに続く第一次中東戦争の結果, 70万人以上のパレスチナ人が居住地を追われ, 難民となった.この出来事はアラビア語で「ナクバ[大災厄]」と呼ばれ, パレスチナ民族意識の核心をなす歴史的経験となっている.戦争の結果, 分割案で想定されたアラブ国家の領域の大部分はイスラエルに編入され, ヨルダン川西岸はヨルダンが, ガザ地区はエジプトがそれぞれ占領・管理した.

PLOの台頭と武装闘争の時代

その後, パレスチナ人の政治的代表組織として, 1964年にアラブ連盟の支援のもとパレスチナ解放機構[PLO]が設立された.設立当初はエジプトのナセル大統領の影響が強い組織であったが, 1967年の第三次中東戦争[六日間戦争]でアラブ諸国が大敗を喫すると状況は変わった.翌1968年にヨルダンのカラーマでPLO傘下のゲリラ部隊がイスラエル軍を撃退したことでファタハの名声が高まり, 1969年にはファタハの指導者ヤーセル・アラファトがPLO議長に就任して組織を実質的な亡命政府として再編した.1974年にはアラブ連盟がPLOをパレスチナ人の唯一の正当な代表として承認し, 国連もオブザーバー資格を付与した.

特に1967年の戦争においてイスラエルがヨルダン川西岸地区, ガザ地区, 東エルサレム, シナイ半島, ゴラン高原を占領したことは, パレスチナ問題を一層複雑化させ, 占領地における統治と抵抗の問題を生み出した.PLOはヨルダンやレバノンを拠点として武装闘争を続けたが, 1970年のヨルダン内戦[「黒い9月」]でヨルダンを追われ, 1982年のイスラエルによるレバノン侵攻でレバノンからも退去を余儀なくされ, 本部をチュニジアのチュニスに移した.

インティファーダとオスロ合意

1987年には占領地において第一次インティファーダと呼ばれる民衆蜂起が発生し, 石や火炎瓶を手にした若者たちの映像が国際社会の注目を集めた.この動きは政治的解決への機運を高め, 1988年にPLOはパレスチナ独立国家の樹立を宣言するとともに, イスラエルの存在を事実上承認する路線転換を表明した.

1990年代初頭, 湾岸戦争でPLOがイラク寄りの姿勢をとって国際的に孤立した後, ノルウェーの仲介による秘密交渉を経て, 1993年にイスラエルとPLOの間でオスロ合意が成立した.この合意によりイスラエルとPLOは相互に承認し合い, パレスチナ自治政府が設立された.アラファトとイスラエルのラビン首相は共にノーベル平和賞を受賞した.しかしながら, エルサレムの帰属, 入植地の拡大, 難民の帰還権などをめぐる最終地位交渉は折り合わず, 1995年にラビン首相がイスラエル人過激派に暗殺されると和平プロセスは大きく停滞した.

2000年のキャンプ・デービッド首脳会談も決裂し, 同年9月にはイスラエル右派のアリエル・シャロンによるエルサレムのイスラム聖地訪問をきっかけに第二次インティファーダ[アル=アクサー・インティファーダ]が勃発した.この局面ではPLOを「腐敗した組織」と批判するイスラム主義組織ハマスが台頭し, 自爆テロが激化した.2004年にアラファトが死去すると, マフムード・アッバースが後継としてPLOおよびパレスチナ自治政府を率いることになった.

ガザ地区の分断とハマスの支配

2005年, イスラエルはガザ地区から軍と入植者を一方的に撤退させた.しかし2006年のパレスチナ立法評議会選挙でハマスが過半数を獲得し, 翌2007年にはファタハとの武力衝突を経てガザ地区の実効支配を確立した.これ以後, ヨルダン川西岸地区はファタハ主導のパレスチナ自治政府が, ガザ地区はハマスがそれぞれ統治するという政治的分断状態が続いている.イスラエルとエジプトはガザを封鎖し, 物資・人員の移動を厳しく制限した.ガザは慢性的な電力不足, 高失業率, 医療崩壊に直面し, 国連機関から「人が住める状態の限界に近い」と警告される状況に置かれた.

2008〜2009年, 2012年, 2014年, 2021年と, イスラエルによるガザへの軍事作戦が繰り返され, そのたびに多数の民間人を含む死傷者が発生した.

国際的地位の変化/国家承認の拡大

1988年のパレスチナ独立宣言の直後から多くの国がパレスチナを国家承認してきたが, 欧米主要国は長年承認を控えてきた.2012年には国連総会決議67/19の採択により「非加盟オブザーバー国家」の地位が認められ, これにより国際的な国家性が一段階引き上げられた.日本を含む138か国が賛成し, 反対はアメリカ, イスラエルなど9か国にとどまった.

その後も国連加盟に向けた動きが続いたが, 2024年4月にアルジェリアが提出した安保理加盟勧告案はアメリカの拒否権行使によって否決された.同年5月, 国連総会はパレスチナの国連加盟資格を認定し, 加盟国と同等の議席・発言権等の追加権利を付与する決議を143か国の賛成で採択した.2024年に入るとノルウェー, アイルランド, スペイン, スロベニアなどがパレスチナを国家承認し, 2025年9月にはカナダ, 英国, フランス, オーストラリア, ポルトガルが相次いで承認を表明した.G7でフランスと英国が承認に踏み切ったことは外交的に大きな転換点とみなされた.2025年末時点で国連加盟国の約8割にあたる約160か国がパレスチナを国家として承認しているが, 正式な国連加盟はアメリカの拒否権によって阻まれたままである.

2023年のガザ戦争とその影響

2023年10月7日, ハマスがイスラエル南部への大規模越境奇襲攻撃を実行し, 1,100人以上のイスラエル人が死亡, 約240人が人質として拉致された.イスラエルは直ちにハマスの壊滅を目標に掲げ, ガザへの激烈な空爆と地上侵攻を開始した.その後の軍事作戦によってガザ全域が破壊され, 民間人を含む死者数は数万人規模に達した.人道支援の搬入も極めて制限され, 飢餓や疾病の蔓延が深刻化した.

この戦争はパレスチナ問題を再び国際社会の最前面に押し出した.国際司法裁判所ではジェノサイド条約に基づく手続きが開始され, 国際刑事裁判所もネタニヤフ首相ら関係者に対する逮捕状を請求・発行した.欧州を中心とするパレスチナ国家承認の加速も, この戦争を直接の契機としている.2023年11月および2025年1月に一時的な停戦が成立したものの, 同年3月にはイスラエルが再攻撃を開始し, 戦闘は長期化した.

Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.





















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