

旧新宿ミロード
新宿ミロードは, 新宿駅南口に隣接し, 駅の上空空間を積極的に利用して成立した複合商業施設である.1984[昭和59]年3月の開業当時, 都市の一等地である駅前空間は既に地上レベルが飽和状態にあったため, 鉄道会社[小田急電鉄]が自社駅上空の余剰容積を商業利用へ転換するという発想は, 都市施設と交通インフラが高密化していく新宿という都市文脈に合致したものであった.この駅上空利用は高度経済成長期から安定成長期への移行期における大都市で見られた立体的土地利用の潮流の一環であり, 新宿ミロードはその代表例として位置づけられる.
建物計画において特筆すべきは, 鉄道駅という巨大インフラの上に商業機能を「重層化」して配置する構成である.地下および地上階には鉄道・駅機能が存在し, その上層部にファッション, 雑貨, 飲食など多様な店舗が連なる専門店街が配置されている.この構造は, 動線の集約と分散を巧みに調整することで, 乗降客の自然な流れを商業空間へ取り込み, 新宿という巨大ターミナルに特有の短時間滞在型消費行動を建築空間に組み込む工夫であった.特に, 南口側と西口側を結ぶ歩行者回遊を促すため, 開放的な性格を持つ「モザイク通り」が導入され, 建物内部に都市的街路空間を挿入するかのような設計操作が試みられた.これは単なる商業動線ではなく, 都市空間の連続性と公共性を建物内に再編成する技法として評価される.
外観構成は, 周囲の雑多なビル群の中で過度な主張を避けつつ, 駅前広場からの視線を整理するために比較的単純なボリュームと明快な立面を採用している.白系の外壁や平滑な面構成は, 駅周辺の喧騒に対して中立的な背景として機能し, 都市的密度の中に一種の「間」を生み出している.これは1980年代前半の都市商業建築に多く見られた, ポストモダン的装飾性よりも機能と流動性を優先する設計態度とも一致する.
開業以来のテナント構成は, 時代の消費文化を反映して変化を重ねたが, 基本的には若年層・女性層向けのファッションおよびライフスタイル商品を中心とする構成が維持されてきた.新宿西口のビジネス・業務集積, 南口の百貨店・専門店集積, 東口の歓楽・商業密集地といった新宿の多極構造の中で, ミロードは南口・西口間の回遊動線を生む「結節点」として独自性を獲得したのである.また, 小田急百貨店[現・小田急新宿店]との連続性を保ちつつ, より若年層にターゲットを絞ることで, 百貨店とは異なる商業的ポジショニングを確立した.
近年においては, 新宿駅周辺全体の大規模再開発事業[新宿グランドターミナル構想]の進行に伴い, ミロード本館[本館1・2]は2025[令和7]年3月に閉館し, 既存建物は解体される.その後, 新たな高層複合ビルとして再建される計画が進められており, これは単なる老朽建替えではなく, 新宿駅南側エリアの都市構造を再定義し, 駅施設・交通広場・商業施設を一体的に再編成する事業の一部である.新施設は高層化による容積の高度利用, 歩行者動線の立体的再編, 公共空間・緑地の拡充など都市再生の要素を取り込みつつ, 駅上空利用の新世代モデルとして成立することが期待されている.
新宿ミロードは「駅上商業空間」という類型の成立と変遷を示す典型的事例であり, 都市の交通インフラと商業空間をいかに一体化させるかという課題に対する1980年代的回答であった.約40年にわたって都市生活者の行動を受容し続けた建築は, 都市の変化に応じて役割を更新し, 最終的には解体と再建という形で新しい都市スケールへの転換を迎えることとなった.すなわち, 新宿ミロードの歴史は, 都市建築が固定的な存在ではなく, 社会・経済・交通の動態に応じて形態を変えてゆく新陳代謝のプロセスそのものであったと言える.
東京・東京都新宿区西新宿@2025-03

今日も街角をぶらりと散策.
index