にし茶屋街
にし茶屋街[西茶屋街]は,石川県金沢市野町に位置する伝統的な花街であり,金沢に残る三大茶屋街の一つとして,歴史的・文化的価値を有する地域である.浅野川東岸の東茶屋街,主計町茶屋街に対して,にし茶屋街は犀川の西岸に所在し,その名も「西」の字を冠している.名称は金沢城から見た方角が「西」にあったことに由来し,当時花街は一般社会と遮断するため堀が張り巡らされ「廓」が形成されていたため「西の廓」とも呼ばれていた.
その成立は1820[文政3]年に遡り,加賀藩11代藩主前田斉広によって公認された花街として整備された.江戸時代後期においては,上級武士や富裕な商人,知識人らが集い,芸妓による唄や踊り,三味線などの芸を楽しむ社交の場として機能していた.このような茶屋街は,単なる遊興の場ではなく,格式と粋が求められる文化的空間でもあった.現在も伝統を受け継ぐ現役の芸妓たちが存在し,三茶屋街のなかで芸妓の数が最も多く,金沢における芸能文化の継承地として重要な位置を占めている.
町並みは,出格子と木虫籠[きむすこ]と呼ばれる建築様式を備えた木造二階建ての茶屋建築が通り沿いに整然と並び,江戸時代の情緒を色濃く残す景観を形成している.約100メートルの小道ながら,観光地化の進む現代においても,その構造的特性は保存されており,多くの建物は老舗割烹,喫茶店や和菓子店,文化資料館などとして利用されている.夕刻近くになると,着飾った芸妓が街を歩き,家並みからは三味線の音色が流れて,芸の町・金沢の夜を粋に演出している.
なかでも金沢市西茶屋資料館は,大正期の大ベストセラーとなった『地上』の作家・島田清次郎が幼少期を過ごしたお茶屋吉米楼の跡地にその造りを再現した施設であり,茶屋文化や金沢の芸能史を紹介している.1階は作家・島田清次郎に関する資料展示,2階は金屏風や漆塗りの装飾品など豪華な茶屋の内部が再現されている.加えて,西検番事務所は大正時代に建てられた洋風建築であり,2003[平成15]年に国登録有形文化財にも指定されており,花街の運営を担った中枢機関としてその存在価値は高い.
また,にし茶屋街は地理的にも文化的にも恵まれた環境に位置する.金沢で一番の繁華街である片町から徒歩5分という近さにありながら,周辺には犀川の川沿いに広がる自然の景観や,寺町台地に広がる妙立寺[通称,忍者寺],室生犀星記念館,谷口吉郎・吉生記念金沢建築館などの歴史的・文化的資源も豊富であり,静謐な散策路としての魅力も併せ持つ.近隣の寺町は国の重要伝統的建造物群保存地区[重伝建]にも指定されており,ミシュランの星の付いたお店が13店も集まる国内でも有数のグルメタウンとしても知られている.
ひがし茶屋街に比べて観光客が少なく落ち着いた印象であるが,近年は新しいカフェや和菓子店なども続々とオープンしており,気軽に観光できるエリアとして注目を集めている.住宅街も近く市民の暮らしを垣間見ることもでき,現代の金沢の日常と歴史的な茶屋文化が調和した独特の魅力を持つ街となっている.
@2024-05
今日も街角をぶらりと散策.
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