2006年に湖北省鍾祥市の郢靖王墓から出土.郢靖王朱棟[えいせいおう しゅとう;1388-06-21/1414-11-14]は明朝の初代皇帝・朱元璋の第24子.1391年に郢王に封じられ,1408年に戦国時代の楚の都として知られた郢の地である湖広安陸州長寿県[現在の湖北省鍾祥市周辺]に入った.郢靖王墓は湖北省鍾祥市九里回族郷三岔河村にある.
この梅瓶の高さは38.7センチメートル,口径6.4センチメートル,底径13センチメートルである.装飾は「風に揺れる牡丹」と「四愛図」を主題としており,肩部には青花[コバルト絵付け]で,牡丹の花叢の中で戯れる三羽の鳳凰が描かれている.腹部には菱形の枠が四つあり,それぞれの中に,「王羲之愛蘭図」,「陶淵明愛菊図」,「周敦頤愛蓮図」,「林和靖愛梅鶴図」の四つの絵が描かれている.
この元青花四愛図梅瓶は,元代における中国の青花磁器技術が非常に高度に達していたことを示すとともに,その絵柄の繊細さや人物表現の生き生きとした様子,自然な描写が見事で,見る者に元代の人物画の魅力を目の当たりにさせてくれる.装飾芸術と造形技術が見事に融合した工芸美術品である.また,元代の青花磁器において人物画が描かれた作例は極めて稀少であり,この梅瓶は元代の青花磁器を研究・探究するうえで非常に貴重な実物資料でもある.
そのため,「陶磁器界のパンダ」とも称されている.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"