

現代フィリピン彫刻の父と称されるナポレオン・アブエヴァ(Napoleon Veloso Abueva;1930年1月26日〜2018年2月16日)による抽象彫刻。
構造物(Structures)は、1984年6月12日にフィリピンから国際連合へ寄贈された作品であり、現在も国連本部の総会関連施設(General Assembly Building)1階に所蔵・展示されている。作品の素材にはフィリピンを含むインド太平洋地域に分布する硬質木材であるイピル(Ipil)が用いられている。国連の記録では、作品の寸法は66×46×55インチである。
作品は、垂直方向に立ち上がる一本の木材を中心軸として、その周囲に複数の直方体状の木材を横方向に組み合わせた構成をとる。上部には左右へ大きく張り出す水平材が置かれ、その下には中央軸を挟むように比較的小さな水平材が配置され、さらに下部には大きな水平材が横たわる。中央軸の下端には細長い部材が伸び、全体として十字架、柱、梁、あるいは抽象化された建築構造物を想起させる姿となっている。
重要なのは、これらの部材が人体や動物など具体的な対象を表現するために組み立てられているのではなく、木材そのものの形態と配置によって「構造」を成立させている点である。水平材と垂直材の交差によって生じる反復的な直交関係が、建築物の骨組みを思わせる一方、部材の大きさや位置には完全な幾何学的規則性からのずれが認められる。このわずかな不均衡が、工業製品のような無機的な幾何学とは異なる、手仕事による彫刻としての存在感を生み出している。
イピルは非常に耐久性の高い木材であり、国連の作品解説でも、その耐久性が特徴として挙げられている。アブエヴァは木材を単なる彫刻の素材としてではなく、素材が本来持つ重量、硬さ、木目、色調を造形上の重要な要素として扱った作家である。構造物においても、表面を過度に加工して木材の質感を消すのではなく、木そのものの存在感を前面に出している。
画像からも、各部材には茶褐色から黄褐色に至る自然な色調の変化が確認できる。さらに、部材の表面には木目や節などの素材的特徴が残されており、抽象的な構成と自然素材の物質感が対照をなしている。そのため、本作は「木で構造物を表現した作品」であると同時に、「木材そのものを構造として見せる作品」ともいえる。
題名の構造物でいう構造は、特定の建築物を再現したものではなく、垂直と水平、支持と荷重、中心と周辺といった基本的な関係そのものを抽出したものと考えられる。中央の垂直材に複数の水平材が交差する構成は、柱と梁によって成立する建築の基本原理を極めて簡潔な形に還元している。
同時に、作品は安定しているように見えながら、各部材の突出量や大きさが異なるため、視線を固定させない。上部の大きな水平材、中央部の小さな水平材、下部の幅広い水平材が段階的に配置されることで、単純な対称形ではないリズムが生じている。この点に、アブエヴァの抽象彫刻における造形的な特徴を見ることができる。
アブエヴァは、具象的な人物像から現代的な抽象彫刻まで幅広い表現を展開し、木材、金属、石、コンクリートなど多様な素材を用いた作家である。フィリピン国立文化芸術委員会の作品データベースにも、木、石、金属、コンクリートなどを用いた多数の作品が登録されている。彼は1976年にフィリピンの国民芸術家(National Artist for Sculpture)に選出され、近代フィリピン彫刻を形成した中心的な人物として評価されている。
その文脈から見ると、構造物は、フィリピンの伝統的な木彫の技法や素材感を保持しながら、造形そのものを抽象化していくアブエヴァの姿勢を端的に示す作品である。人物や宗教的モチーフを直接表現するのではなく、最小限の木材を組み合わせて「構造」という抽象的な概念を可視化している点に、本作の現代性がある。国連による作品紹介でも、アブエヴァは具象的なアカデミック様式と現代的な抽象表現の双方に通じた作家として位置づけられている。
構造物の魅力は、極めて単純な形態によって、建築、彫刻、自然素材という三つの領域を接続しているところにある。柱と梁を思わせる形態は建築を連想させるが、実際には建築物としての機能を持たず、木材の重量と配置によって空間を構成する純粋な彫刻である。そのため本作は、物を「何に見立てるか」ではなく、物質を「どのような関係に置くか」によって意味を生み出す抽象彫刻として理解することができる。
また、フィリピン産の硬質木材を用いて普遍的な「構造」という概念を表現していることも重要である。地域的な素材を用いながら、作品の形態は特定の民族や地域に限定されない建築的・幾何学的な言語によって構成されている。したがってStructuresは、アブエヴァがフィリピンの素材文化を基盤としながら、20世紀の国際的なモダニズム彫刻へ接続していったことを示す作品として評価できる。
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
