

921年に奉献されたアストゥリアス王国時代のプレ・ロマネスク様式の建築遺産。
西ゴート貴族ペラーヨ(Pelayo, Pelagius)によってイベリア半島北部に建てられたキリスト教王国のアストゥリアス王国(Asturias, Reino de Asturias;c.718〜c.910,後のレオン王国)末期、921年9月に司祭フアン(Juan, Presbítero Juan)によって聖なる救い主に捧げられたサン・サルバドール・デ・プリエスカ教会(San Salvador de Priesca, Iglesia de San Salvador de Priesca)は、オビエド市内に位置する9世紀のプレ・ロマネスク教会であるサン・フリアン・デ・ロス・プラードス(San Julián de los Prados)に範を仰ぐ様式を継承しながらも、プレ・ロマネスク(pre-Romanesque, pre-románico)建築の最終段階を体現する遺構である。
画面の中央には赤褐色の顔料で描かれた三角形の連続文様が確認でき、垂れ幕あるいは天蓋を思わせる意匠として配されている。この三角形の反復は単なる装飾効果にとどまらず、内陣を荘厳する象徴的な空間区分の役割を担っていたと考えられる。左手には円弧を描く壁面開口部の輪郭が淡い色調で浮かび上がり、建物本体のアーチ構造そのものを絵画的に反復・強調する手法が採られている。こうした実在の建築部材を図像として描き込む発想は、同時代のアストゥリアス壁画に共通する特徴であり、装飾と建築が視覚的に一体化するよう意図されている。
色彩は赤・黄土・白を基調とし、いずれも当時入手可能であった土性顔料に由来する。長い年月による退色と、1936年の火災による損傷を経てなお、文様の輪郭と色調の対比は明瞭に読み取ることができる。幾何学的な反復文と、局所的に配された図像的モチーフとの組み合わせは、サン・フリアン・デ・ロス・プラードスや、ヒホン近郊のセネーロ地区に位置するローマ時代の邸宅遺跡であるベラネス(Veranes)のモザイクに見られる意匠と近しい性格を有しており、プレ・ロマネスク期の装飾語彙が地域内で共有されていたことをうかがわせる。
こうした壁画装飾は、石造建築の重厚な量塊感を内部空間において視覚的に軽減し、礼拝の場に彩りと象徴性を与える機能を果たしていた。プリエスカの壁画は、王権の直接的な後援を受けずに建立された数少ない事例である点でも特異な位置を占めており、地方の工房や職人による様式的達成を今日に伝える貴重な証言となっている。剥落と褪色を免れなかった箇所は多いものの、残存する部分からは、幾何学と建築的意匠を融合させた装飾原理を明確に読み取ることが可能であり、アストゥリアス王国末期における造形芸術の到達点を示す資料として高く評価される。
参照:西洋美術史
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
