

パルテノン神殿は, 紀元前447年から前438年にかけて建設され[彫刻装飾は前432年頃に完成], アテネの守護神アテナ・パルテノスに捧げる神殿として, 古典期ギリシアにおける建築と彫刻の理念的完成を示す代表的作品である.建設はペリクレスの主導のもと, アクロポリス再建事業の中核として推進された.設計はイクティノスとカリクラテス, 彫刻装飾の総監督はフェイディアスが担ったとされる.
建築は外周にドーリア式円柱を配した八柱式周柱式神殿であり, 正面8柱, 側面17柱から成る比例体系を持つ.この正面8柱という構成は従来の標準的な6柱式を発展させたものであり, 規模の拡大とともに均整のとれた視覚的安定が実現されている.柱間比や高さと幅の関係には厳密な比例関係が導入され, 全体として調和のとれた幾何学的秩序が貫かれている.同時に, 完全な直線や水平を避けるための精緻な視覚補正[オプティカル・リファインメント]が施されており, 柱は中央部でわずかに膨らむエンタシスを持ち, 基壇[スタイロベート]は中央に向かって緩やかに反り上がる.また, 角柱はわずかに内側に傾斜し, 角隅の柱は他の柱よりもわずかに太く間隔を狭めて配置されている.これらの調整は, 人間の視覚において最も自然で均整のとれた印象を生み出すためのものである.
内部構成においては, 前室[プロナオス]・主室[ナオス]・後室[オピストドモス]から成り, 主室はさらにコの字形に配置された二層の列柱によって三廊に分割されていた.主室にはフェイディアスによる巨大なアテナ像[クリュセレファンティン像]が安置されていた.この像は木製の心材に金と象牙を貼り付けた構造を持ち, 高さは約12メートルに達したとされる.像は宗教的崇拝の対象であると同時に, 都市国家アテネの富と権威を象徴する存在であった.建築空間はこの神像を中心に組織され, 内部と外部の関係が象徴的に結び付けられている.なお, 後室[オピストドモス]はデロス同盟の金庫として財宝保管の用に供された.
彫刻装飾は, 建築と不可分の要素として計画されており, フェイディアスの総監督のもとに複数の工房が制作にあたった.ドーリア式のメトープ[92面]には神話的戦闘場面が刻まれ, 南面にはラピテス人対ケンタウロスの戦い[ケンタウロマキア], 北面にはトロイア戦争, 西面にはアマゾノマキア[アテネ人対アマゾン族の戦い], 東面にはギガントマキア[神々と巨人族の戦い]が配置されている.いずれも秩序と混沌, 文明と野蛮の対立を象徴的に表現するものである.東西の破風[ペディメント]にはそれぞれアテナの誕生[東]およびアテナとポセイドンのアッティカの地の支配をめぐる争い[西]が配置され, 神々の物語が建築の構造と密接に結び付けられている.さらに, 内陣[ナオス]外壁上部を巡る全長約160メートルの連続イオニア式フリーズにはパンアテナイア祭の行列が描かれ, 現実の市民共同体の営みが神話的世界と同一の造形空間に統合されている.このイオニア式フリーズをドーリア式神殿に組み込んだ点は様式的に特異であり, 建築的・政治的意図を反映するものと解釈されている.
素材には主としてペンテリコン山産の白大理石が用いられ, その均質で明るい質感は光の変化に応じて微妙な陰影を生み出す.表面には赤・青・金を中心とした彩色が施されていたことが知られており, 現在の白色の印象とは異なり, 本来は色彩と彫刻が一体となった視覚的効果を持っていた.
その後の変転も重要である.4世紀以降にアテナ像は持ち出されて失われ, 5世紀末頃にキリスト教の聖堂[聖母マリア教会]に転用され, オスマン帝国支配下ではモスクへと改装された.1687年, オスマン帝国とヴェネツィア共和国の戦闘においてヴェネツィア軍の砲撃を受け, 内部に保管されていた火薬庫が爆発して中央部が大きく損壊した.さらに19世紀初頭には, イギリスの外交官エルギン卿[第7代エルギン伯爵トーマス・ブルース]がフリーズ彫刻の大部分をはじめとする多数の彫刻を搬出し, 現在それらは大英博物館に所蔵されている[いわゆる「エルギン・マーブルズ」].ギリシャ政府は長年にわたってその返還を求めており, 文化財の所有と帰属をめぐる国際的議論の象徴的事例となっている.現在もアクロポリス保存事業が継続され, 2009年には麓にアクロポリス博物館が開館し, 現存する彫刻の保存と展示にあたっている.
パルテノン神殿は, 比例・調和・視覚補正という原理のもとに, 構造と装飾, 宗教と政治を統合した総合的造形であり, 人間の理性と感性の均衡を体現する建築として位置づけられる.それは単なる神殿建築ではなく, 古典古代における空間芸術の理念的結晶として, 西洋建築史における永続的な準拠点をなしている.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
