

青森県八戸市風張第1遺跡出土.
合掌土偶は, 縄文時代後期後半, 今からおよそ三千五百年前に制作された土偶である.現在は八戸市是川縄文館に展示されており, 2009年7月10日に国宝に指定された縄文土偶を代表する造形として広く知られている.
この土偶は, 1989年[平成元年]7月の発掘調査において, 第十五号竪穴住居跡の内部, 北側壁際から発見された.右側面を下にし, 正面を住居の中央に向けるような状態で置かれていたことが確認されている.出土時には左足部が欠損していたが, 同一住居内の床面2.5メートル離れた西側から後にその破片が見つかり, ほぼ完全な形に復元された.多くの土偶が廃棄された状態で出土するのに対し, 住居跡内部という明確な設置状況を伴って出土した点は, 縄文人の土偶の扱い方や意味づけを考えるうえで重要である.
合掌土偶は, 高さ19.8センチメートル[幅14.2センチメートル, 奥行き15.2センチメートル]で, 膝を立てて座り, 両腕を膝の上に置き, 胸の前で両手を合わせ指を組む姿勢をとっている.この祈るような姿から合掌土偶と呼ばれている.顔や身体の表現は簡潔でありながらも均整が取れており, 全体として静謐で内省的な印象を与える造形である.表面には赤色顔料の痕跡が残っており, 制作当初は全身が赤く彩色されていたと考えられている.
さらに注目されるのは, この土偶が破損後に修復されていた痕跡を持つ点である.両腿の付け根, 膝, 腕などの亀裂部分には, 天然アスファルトを用いて補修した痕が確認されている.これは, 土偶が単なる使い捨ての呪具ではなく, 長期間にわたって大切に扱われていた可能性を示すものであり, 縄文人の物に対する観念や信仰のあり方を考える貴重な資料である.
風張1遺跡は, 新井田川右岸の台地上に営まれた大規模な環状集落跡であり, 中央の広場を囲むように, 墓, 掘立柱建物, 竪穴住居, 貯蔵穴などが同心円状に計画的に配置されていたことが明らかになっている.**風張1遺跡からは約70点の土偶が出土しているが, 完全な形で復元できたのはこの合掌土偶のみである.合掌土偶は, このような集落の中で営まれた祭祀や祈り, あるいは共同体の精神的支柱となる行為と深く関わっていたと考えられる.
手を合わせて合掌する姿勢をとる蹲踞[そんきょ]姿勢の土偶は, 全国でも本遺跡出土の土偶と青森県つがる市石神遺跡の土偶のみであり, 石神遺跡の土偶は頭部と胴体が別々に発見されたもので全体像を捉えることができないため, 合掌姿勢の完形土偶としては唯一の存在である.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
