

バロック時代のイタリア画家であり,リグーリア地方を代表する画家の一人だったヴァレリオ・カステッロ[Valerio Castello,1624-59]の作品.ジェノヴァ派バロック絵画の成熟を示す代表的作品として有名.バレッタ・ロンバート銀行所蔵.
ヴァレリオ・カステッロは, リグーリア地方を中心に活動した画家であり, ローマやパルマの様式を吸収しながら, 地元ジェノヴァの装飾的伝統と融合させた独自の表現を確立した.彼はベルナルド・ストロッツィの直接の弟子ではなく, ドメニコ・ファッシ[通称イル・カプリッチョーゾ]やグレゴリオ・デ・フェッラーリらとともに活動したジェノヴァ派の重要な一員であった.家系的には同名の画家ベルナルド・カステッロの血縁関係を伝える説もあるが, 確証はなく, 主として彼の才能は個人的修練とローマ滞在によって形成されたと考えられている.彼の筆致は流麗であり, 劇的な光と影, 動的な構図, そして豊かな色彩の対比を特徴とする.本作においてもそれらの特徴は顕著に見られる.
構図は中心に聖母子を据え, 周囲を三博士と従者たちが取り囲む形で展開されている.聖母は静謐な姿勢で幼子イエスを抱き, その周囲に置かれた人物群は対角線的に配置され, 画面全体に緊張と動勢を与えている.特に, 幼子にひざまずき捧げ物を差し出す博士の姿勢には, 信仰と畏敬の情が生々しく表れている.人物の視線の流れや手の動きが複雑に交錯し, 観者の目を画面奥へと導く構成的意図が読み取れる.
光の扱いは劇的であり, 聖母子を中心に明るい光が集中する.暗い背景に対して柔らかな金色の光が人物を浮かび上がらせ, 聖なる出来事の中心を明確に指し示している.この照明効果はコントラストを際立たせ, イエスの神性を象徴的に強調する.カステッロの光の扱いには, カラヴァッジョ派の強い明暗対比の影響とともに, ジェノヴァで活動したフランドル出身のルーベンスやヴァン・ダイクの影響も認められる.衣服や献上品の金属的な輝きも巧みに描かれ, 質感の多様性が画面に豊かな奥行きをもたらしている.
筆致は速く, 絵具の重ね方に即興的な勢いが見られる.細部を緻密に描くよりも, 形態の印象を筆の動きで捉えようとする姿勢が支配的である.特に布の襞, 動く手, 髭や髪の流れにおいて, 筆致の生き生きとしたエネルギーが明確に現れている.この即興性は後のジェノヴァ派や北イタリアの画家に受け継がれ, 後代の軽妙なロココ的筆法を先取りする要素とされる.カステッロの素描的で自由な筆遣いは, マニエリスム的装飾性からバロック的ダイナミズムへの過渡を体現している.
主題的には, 三博士が黄金・乳香・没薬を捧げる場面であり, キリスト教神学における「異邦人の救済」を象徴している.聖母マリアの穏やかな表情と, 幼子を抱く姿勢には, 母性的保護と神的恩寵が同時に表されている.博士たちの多様な年齢と服装は, 世界の多様性と信仰の普遍性を暗示しており, 伝統的に三博士は三大陸[ヨーロッパ, アジア, アフリカ]を表象する.画面全体が「地上の人間と天上の神の邂逅」という主題を一瞬の光景に凝縮している.
この作品の制作は1650年前後と考えられ, カステッロの最盛期に属する.類作は複数知られており, ストラスブール美術館やスペインの銀行コレクションにも同主題の変奏が存在する.バレッタ・ロンバート銀行版は, その中でも特に完成度が高く, 光の配置と人物の均衡において成熟した構成感を示している.カステッロは祭壇画, 宮殿装飾, 神話画など多岐にわたる制作を行ったが, 本作のような宗教画に彼の芸術的力量が最もよく表れている.
ヴァレリオ・カステッロは35歳という短い生涯であったが, 1659年にペストによって早世した.本作のような宗教画を通じて, ジェノヴァ派バロックの精華を体現した.彼の作品は, 光と感情の統合を重視するイタリア・バロックの精神を地方的伝統の中に再構成したものとして, 美術史上重要な位置を占めている.本作『東方三博士の礼拝』は, その劇的表現と高い構成的完成度によって, カステッロ芸術の核心を最もよく示す作品である.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
