
インドは, アジア南部に位置する世界最大の民主主義国家である.正式国名はインド共和国[Republic of India]であり, ヒンディー語ではバーラト[Bhārat]とも呼ばれる.国土面積は約329万平方キロメートルと世界第7位を誇り, 人口は2023年に中国を抜いて世界第1位となった.現在の人口は約14億5000万人に達する.
インドを一言で表すならば, 「多様性の中の統一[Unity in Diversity]」という言葉に尽きる.インドには2000を超える民族・部族集団が存在し, 公認言語だけでも22言語を数える.ヒンドゥー教・イスラーム教・シク教・仏教・ジャイナ教・キリスト教など, 世界の主要宗教のほぼすべてが共存するのもインドならではの特質である.この多様性は時に社会的緊張をはらみながらも, インド文明の厚みと創造力の源泉となってきた.
インドは単なる国家ではなく, 人類史上最古の連続した文明のひとつを擁する「文明国家[Civilizational State]」である.インダス文明に端を発し, ヴェーダ文化, 仏教・ジャイナ教の勃興, マウリヤ朝・グプタ朝の黄金期, イスラーム王朝の流入, ムガル帝国の繁栄, イギリス植民地支配, そして1947年の独立へと至る悠久の歴史を持つ.この歴史の重層性こそが, インドの思想・芸術・社会構造を複雑にして豊かなものたらしめている.
インド文明の最古の層は, インダス川流域に花開いたインダス文明[ハラッパー文明]に求められる.現在のパキスタン北西部から北西インドにかけての広大な地域に展開したこの文明は, 同時代のメソポタミア文明・エジプト文明と並ぶ人類最古の都市文明のひとつである.
モヘンジョ=ダーロ・ハラッパーに代表される遺跡群は, 驚くべき都市計画の水準を示している.東西南北に整然と区画された街路, 煉瓦造りの家屋, 高度な上下水道システム, 公共浴場, 穀物倉庫など, 当時としては世界最高水準の都市インフラが整備されていた.標準化された度量衡や印章文字[インダス文字]の存在は, 広域にわたる交易ネットワークと行政組織の存在を示唆する.しかしインダス文字は現在もなお解読されておらず, この文明の言語・宗教・政治体制の詳細は多くが謎のままである.
紀元前1900年頃を境に, この文明は急速に衰退する.気候変動による乾燥化, サラスヴァティー川[ガッガル川]の流路変更, 疫病など複合的要因が指摘されているが, 定説は確立していない.
インダス文明の衰退後, インド亜大陸の歴史的主役となったのがアーリア系の人々である.中央アジア方面からの流入説が長く通説であったが, 近年のゲノム研究や考古学的知見によって, その経緯はより複雑な様相を呈している.
この時代の精神的遺産がヴェーダ聖典群である.最古の『リグ・ヴェーダ』に始まり, 『サーマ・ヴェーダ』『ヤジュル・ヴェーダ』『アタルヴァ・ヴェーダ』の四ヴェーダ, さらに哲学的深化として『ウパニシャッド』が成立した.これらはヒンドゥー教の根本聖典であるのみならず, インド哲学・倫理・宇宙観の基盤を形成するものである.
社会的にはヴァルナ制が確立し, バラモン[司祭]・クシャトリヤ[武士]・ヴァイシャ[庶民]・シュードラ[隷属民]の四階層による社会秩序が形成された.これが後世のジャーティ[カースト]制度の原型となる.
ガンジス平原には多くの王国・共和国が林立し, 思想的にも大きな転換期を迎えた.この時代, ヴェーダ的バラモン教の権威に対する異議申し立てとして, 二大宗教が誕生する.
ゴータマ・シッダールタ[釈迦牟尼仏]は紀元前5世紀頃, 現在のネパール南部に生まれ, 苦行と快楽の中道を説く仏教を創始した.苦・無常・無我の洞察と, 八正道による解脱の道は, インドのみならずアジア全域に深甚な影響を与えた.同時代にマハーヴィーラが体系化したジャイナ教は, 徹底した不殺生[アヒンサー]を根本原理とし, 現在もインドに強固な信徒基盤を持つ.
アレクサンドロス大王の北西インド侵入[紀元前327年]という外圧を背景に, チャンドラグプタ・マウリヤがマガダ国を基盤として北インドを統一し, マウリヤ朝を樹立した.その孫アショーカ王[在位:紀元前268年頃–紀元前232年頃]の治世は, インド史上最初の黄金期と称される.カリンガ征服の惨禍を悔いたアショーカ王は仏教に帰依し, ダルマ[法]による統治を宣言した.石柱勅令・磨崖勅令を各地に建立し, 仏教をスリランカ・中央アジアへと伝道した.現在のインド国章に刻まれるアショーカ・チャクラ[法輪]はその遺産である.
マウリヤ朝崩壊後の分裂期を経て, グプタ朝の時代にインドは文化的頂点を迎えた.数学・天文学・医学・文学・彫刻のすべてにおいて空前の発展を遂げたこの時代は「インドの黄金時代」と称される.
数学者アーリヤバタは地球の自転を論じ, 円周率πの近似値を算出した.ゼロの概念と十進法位取り記数法がこの時代のインドで確立され, 後にアラビア経由でヨーロッパに伝わり, 近代数学の基礎となった.文学では詩人カーリダーサが『シャクンタラー』などの傑作を著し, サンスクリット文学の頂点を示した.
7世紀以降, アラブ商人を通じてイスラームがインドに流入し, 8世紀にはウマイヤ朝がシンドを征服した.11–12世紀にはガズナ朝・ゴール朝の侵攻が続き, 1206年にはデリー・スルタン朝が成立した.以後約300年にわたり, 五つのイスラーム王朝がデリーを首都として北インドを支配した.
この時代, ヒンドゥー文化とイスラーム文化の衝突と融合が進み, ウルドゥー語・インド=イスラーム建築・音楽など独自の複合文化が形成された.
1526年, 中央アジア出身のバーブルがパーニーパットの戦いでデリー・スルタン朝を破り, ムガル帝国を樹立した.帝国は第3代アクバル帝[在位:1556–1605年]の時代に最盛期を迎えた.アクバルはヒンドゥー教徒との融和政策[ジズヤの廃止, ラージプート族との婚姻同盟]を採り, 宗教的寛容に基づく帝国統治を実現した.第5代シャー・ジャハーンが亡き王妃のために建立したタージ・マハルは, ムガル建築の至高の傑作として現在も輝きを放つ.
しかし第6代アウラングゼーブの時代, ジズヤの復活や強硬なイスラーム政策がヒンドゥー諸侯の反発を招き, マラーター同盟の台頭とともに帝国は解体へと向かった.
ムガル帝国の衰退に乗じてインドに深く食い込んだのがイギリス東インド会社である.1757年のプラッシーの戦いでベンガルの支配権を獲得したイギリスは, 19世紀半ばまでにほぼ全インドを掌中に収めた.
1857年のインド大反乱[セポイの反乱]を機に東インド会社は解散し, インドはイギリス王室の直轄植民地となった.鉄道・電信・近代教育制度が整備された一方, 富の収奪・産業の破壊・人為的飢饉など植民地支配の収奪的側面も深刻であった.
こうした状況への抵抗として, インド国民会議[1885年創設]を中心とする民族運動が高まった.マハートマー・ガンディーは非暴力・不服従[サティヤーグラハ]を武器に大衆運動を組織し, ジャワーハルラール・ネルーとともに独立運動を指導した.
1947年8月15日, インドはイギリスから独立を達成した.しかし同時に, 宗教的対立を背景としたインドとパキスタンの分離独立[パーティション]が断行され, 100万人以上が犠牲となる凄惨な宗教間暴力と, 1500万人規模の史上最大級の難民移動が発生した.
独立インドは世界最大の民主主義共和国として出発し, 1950年に憲法を制定した.初代首相ネルーのもと, 非同盟主義・社会主義的混合経済・議会制民主主義という三本柱が国家の基盤となった.1991年の経済自由化以降は市場開放が進み, 21世紀には新興大国として急速な台頭を遂げた.2014年以降はナレンドラ・モディ率いるインド人民党[BJP]政権が続き, ヒンドゥー・ナショナリズムと経済発展の両立を掲げている.
インドはユーラシア大陸の南端, 北緯8度4分–37度6分, 東経68度7分–97度25分に位置する.国土の形状はほぼ逆三角形をなし, 北部はヒマラヤ山脈で大陸と接し, 南部はインド洋に突き出た半島を形成する.東にはベンガル湾, 西にはアラビア海が広がり, 南端のコモリン岬[カニャークマリ]においてインド洋・ベンガル湾・アラビア海の三海が交わる.
インドの地形は大きく四つの地域に区分される.
ヒマラヤ山系は北部に東西3000キロメートル以上にわたって連なる世界最高の山脈群であり, カラコルム山脈・ヒンドゥークシュ山脈とともにインド亜大陸を大陸本体から隔絶する.この山脈がモンスーンを遮断し, インドの気候を大陸内部と大きく異なるものにしている.また, ガンジス川・インダス川・ブラマプトラ川という大河の源でもある.
インド・ガンジス平原はヒマラヤ山麓から南に広がる広大な沖積平野であり, 長さ約3000キロメートル, 幅200–400キロメートルに及ぶ.世界有数の肥沃な農業地帯であり, インドの人口・農業・文明の中核をなす.
デカン高原は半島部の大部分を占める古い安定陸塊[楯状地]であり, 平均標高600–900メートルの波状台地を形成する.ゴンドワナ大陸の一部であり, 地質学的に極めて安定した地塊である.
海岸平野はデカン高原の東西に細長く続く低地帯であり, 西岸のマラバール海岸と東岸のコロマンデル海岸に大別される.
インドの河川は文明・農業・宗教のすべてにおいて根幹的意義を持つ.ガンジス川はヒンドゥー教の聖河として崇拝される一方, インドの農業を支える最重要河川でもある.全長約2525キロメートル, 流域人口は約4億人に達する.ブラマプトラ川はチベット高原を源とし, アッサム州を流れてバングラデシュでガンジス川と合流する.インダス川は現在の主流域がパキスタンにあるが, インド文明史上の根源的意義を持つ.
インドの気候はモンスーンによって決定的に規定される.年間の気候は大きく三つの季節に区分される.乾季・冬季[10月–2月]は北から涼しく乾燥した気流が吹き込み, 温暖で過ごしやすい.夏季・酷暑期[3月–5月]は気温が45度を超える地域も多く, インド北部・中部は極度の乾燥と高温にさらされる.モンスーン季[6月–9月]はアラビア海からの湿潤な南西モンスーンがインド西岸・中部・北部に大量の降雨をもたらし, 農業の生命線となる.
ケーララ州の西ガーツ山脈東斜面では年間降水量が1万ミリメートルを超える地域がある一方, ラジャスタン州のタール砂漠では年間降水量が150ミリメートルにも満たない地域があり, 降水量の地域差は極めて大きい.
Vita brevis, ars longa. Omnia vincit Amor.