大阪府の史跡

藤原家隆塚

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大阪は四天王寺の上町台地は夕陽ヶ丘と呼ばれている。これは、鎌倉時代の公卿で、後鳥羽上皇の勅命による『新古今和歌集』の撰者の一人・藤原家隆(1158-1237)がこの地に隠棲したことに因む。

晩年、この地に庵を結んだ藤原家隆は、この地から見える夕陽を好み、

「契りあれば なにわの里に宿り来て 波の入日を拝みつるかな」

と詠んだ。藤原家隆塚は藤原家隆の墓と伝えられている。



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Last-modified: 2010-02-20 (土) 00:02:11 (3864d)