崇福寺(岐阜)

岐阜城のすぐそばにある。このお寺は織田家の菩提所であり、岐阜城落城の際の血天井があるということで、今回の訪問の目玉としてチェックしておいた場所。

創建に関しては色々な説があるけれど、美濃守土岐成頼とその家臣の斉藤長弘が1469(文明元)年に神護山崇福弘済禅寺として建立したというのが通説。織田家の菩提所であるだけではなく有栖川宮家祈願所としても知られている。

血天井は関が原前夜に岐阜城に立てこもった織田秀信が徳川方に攻められた際に戦死した38名の武士たちのもの。現在でもはっきりと見て取ることが出来る。また、京都の東寺から伝わったという『非情成仏絵巻』こと通称『付喪神絵巻』も必見。絵巻は室町時代の作で、「付喪」は「九十九」のことで古道具の妖怪のこと。年の暮れに古道具達が日ごろの恨みを晴らすために妖怪になって暴れるが護法童子によって成仏させられるというのが絵巻の筋書き。この絵巻、付喪神の絵巻物としては最古という。

臨済宗妙心寺派、山号は神護山。2006.04.28訪問。


この内側すぐの場所に血天井がある


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