アレキサンダーの鎧

イングランド国王ジェームズ1世の長男であるヘンリー・フレデリック・ステュアート王太子のために、1607年から1608年にかけてオランダで制作された少年用の最高峰のプレートアーマーである。当時13歳ほどであった王太子の体躯に合わせて作られたため成人のものよりも一回り小さく、現在はロンドン塔にある王立武具博物館に収蔵されている。制作された17世紀初頭のオランダ(ネーデルラント連邦共和国)は、スペインからの独立をかけた八十年戦争の渦中にあり、プロテスタントの同盟国として軍事・経済の両面で結びつきを強めていたイングランドの支持を不可欠としていた。この甲冑は、そのような緊密な国際関係を背景に、ネーデルラント側から将来のイングランド国王となるべき若き王太子へ、外交上の友好と敬意を示す極めて重要な進物として贈られた。ヘンリー・フレデリック・ステュアート王太子は将来の国王として国民や宮廷から絶大な期待を集めていたが、1612年にわずか18歳という若さで腸チフスにより早世。甲冑は実弟である後の国王チャールズ1世へと受け継がれ、王権の正統性を誇示する象徴としての役割も果たしている。

美術的な観点から見た最大の特徴は、アレクサンダー・アーマーという通称の由来にもなっている、表面に施された極めて緻密な金色の装飾帯である。入念に磨き上げられた鉄の銀色の輝きと交互に配置されたこの美しい帯の中には、古代マケドニアの英雄であるアレクサンダー大王の生涯やその遠征の場面が、エッチングとアマルガム鍍金の技法によって細部に至るまで鮮明に描き出されている。装飾帯の楕円形の枠内には、大王が愛馬ブケファロスを完璧に乗りこなして見せる伝説的な逸話や、ペルシア帝国との決戦であるイッソスの戦いにおける劇的な激突の瞬間、さらにはダレイオス3世の家族を寛大に遇する場面など、名君としての武勇と美徳を象徴する具体的なエピソードが網羅されている。これらは、ヘンリー王太子が偉大な征服者である大王のように、高潔で力強い君主へと成長することへの願いと賞賛が込められたものである。

意匠の華麗さにとどまらず、構造的にも当時の最先端技術が投入された実戦および競技用の堅牢な作りとなっている。頭部を完全に覆うクローズ・ヘルメットには視界を確保するための細いスリットや通気孔が設けられており、肩や腕、そして大腿部を保護する草摺にいたるまで、隙のない完璧な防御力が追求されている。このように、本作は若き王太子の威厳を誇示するルネサンス・バロック期の宮廷美術工芸品であると同時に、1600年代初頭の緊迫した西欧情勢を今に伝える外交のモニュメントであり、最高水準の鍛冶技術が結実した至高の文化遺産である。


'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"

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