結婚の寓意

盛期ルネサンス[High Renaissance]のイタリア人画家であるティツィアーノ[Tiziano Vecellio,c.1490/1576-08-27]による代表作の一つ。1530~1535年頃の作品。

結婚という人間社会の制度を、古代神話の神々や寓意的人物を通して表現した作品である。現在はパリのルーヴル美術館に所蔵されている(INV 754)。

かつての所有者であったナポリの貴族アルフォンソ・ダヴァロス侯爵(1502–1546)にちなみ、長らく『アルフォンソ・ダヴァロスの寓意』と呼ばれてきたが、この人物を描いた肖像画とする同定には根拠がなく、現在では「誤ってアルフォンソ・ダヴァロスの寓意と呼ばれる、結婚の寓意」というのが公式な作品名となっている。作品はダヴァロス家からイングランド王チャールズ1世、収集家エヴェラール・ジャバックの手を経て、1662年にルイ14世が購入し、フランス王室コレクションに加わった。美術史家アーウィン・パノフスキーが提唱した最も詳細な学術的名称は、「結婚の寓意、おそらくは―ウェヌスとマルスの結合の守護者・助言者としてのウェスタとヒュメナイオスを伴う」というものであり、この長い題名自体が、本作の図像を構成する登場人物の関係性を端的に要約している。

構図の中心には、水晶玉を膝に載せた身なりの良い女性が座している。赤・緑・黄を組み合わせた明るい色のドレスが、彼女の均整のとれた身体を包み込んでおり、この女性はウェヌス(ヴィーナス)と同定される。その傍らには、磨かれた黒い甲冑と金属製の胸当て・肩当てを身に着けた紳士が描かれている。彼はマルスであり、身体をウェヌスの方へ向けながらも、顔だけは画面の外の鑑賞者のほうへ向け、彼女の胸にそっと手を押し当てるという、印象的な仕草を見せている。

このウェヌスとマルスの主要な二人像に近接して、複数の寓意的人物が配されている。上の部分は、髪に花輪を巻いた金髪の女性と、彼女の足もとに寄り添う幼い子供の場面である。この女性は片手を自らの胸に当て、視線を脇へ向けながら、どこか非難するような、あるいは物思いに沈むような複雑な表情を見せている。花輪という属性から、この人物は結婚の守護神ヒュメナイオス、あるいは家庭・貞節の女神ウェスタに同定されると考えられ、パノフスキーの題名にある「ウェスタとヒュメナイオス」という二柱の守護神のうち一方を表している可能性が高い。彼女を見上げる子供は、弓矢を持つ愛の神キューピッドと同定される。この画像の右端にわずかに覗く黒い甲冑の縁は、この一群がマルスのすぐ隣に位置していたことを示しており、左端に見える赤い衣の断片は、ウェヌスあるいはその周囲の人物の衣装の一部と考えられる。さらに画面奥には、頭上に花をいっぱいに詰めた籠を掲げ、それを見上げる若者の頭部が、大胆な短縮法によって描かれており、もう一方の守護神を暗示していると解釈されている。

この「胸に手を当てる」という仕草が画面中に二重に現れている点は興味深い。中心のマルスがウェヌスの胸に手を押し当てる仕草は、夫婦間の親密さや契約・忠誠を示すものと理解される一方、花輪の女性が自らの胸に手を当てる仕草は、非難や逡巡を思わせる、より曖昧で影のある感情を漂わせている。この対比は、本作が単純な祝婚の場面ではなく、何らかの緊張や含みを内包した寓意であることを示唆している。

ティツィアーノは人物の身体を柔らかな光で包み込み、肌の質感や衣服の光沢を巧みに描き分けている。ウェヌスの豪奢な衣装を彩る強い光の塊のかたわらで、マルスの磨かれた金属製の甲冑は暗く沈んだ色調によって際立たせられている。この明暗のコントラストは、花輪の女性とキューピッドの一角にも及んでおり、彼らはウェヌスの衣装から発する光を受けながらも、全体としては陰影の濃い、半ば影に沈んだ空間に配置されている。柔らかな肉体表現と硬質な金属表現、明るい光と濃い陰影という対照的な視覚言語が、画面全体に緊張感とドラマ性を与えている。

本作の意味するところは、今日に至るまで確定した結論を見ていない。19世紀以来、女性が手にする水晶玉と、登場人物たちに共通する憂愁を帯びた表情から、「夫婦のどちらかが世を去る、あるいは戦への出征によって引き裂かれる運命を暗示する寓意」、すなわち「別離の寓意」として本作を読み解く説が唱えられてきた。20世紀にはパノフスキーが、新郎新婦をウェヌスとマルスに見立て、ウェスタとヒュメナイオスという結婚の守護神が寄り添う祝福の場面とする解釈を提示し、これが今日もっとも広く知られる読み方となっている。一方でルイ・ウルティックのように、これをティツィアーノ自身と1530年に没した妻チェチーリアへの追悼肖像と見る説や、近年では水晶玉を無常の象徴としてではなく均衡・平和の寓意記号として捉え直す研究もある。花輪の女性の非難するような表情や、マルスの視線が絵の外の鑑賞者へと向けられている点なども、こうした解釈上の曖昧さを助長する要素であり、この解釈上の「謎」こそが、19世紀以来多くの模写・版画を生み、後世の研究者たちを惹きつけ続けてきた本作最大の魅力であると言える。

参照:西洋美術史


'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"

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