

佐伯祐三[1898〔明治31〕-04-28 - 1928〔昭和〕-08-16]による作品.
佐伯祐三による『テラスの広告』は, 1927年前後のパリ滞在期における都市風景表現の成熟を示す重要作であり, 同時期の「広告」連作の中でも, とりわけカフェ文化と都市の視覚的喧騒とを結びつけた点に特色がある.
佐伯祐三は1923年に渡仏し, 翌年モーリス・ド・ヴラマンクのアトリエを訪問してその直言による批評を受けた.この経験は佐伯に大きな転換をもたらし, 以後彼はパリの裏通りや街角を主題とする独自の絵画世界を形成した.モーリス・ユトリロの作品とも主題的な親近性を持ちながら, 佐伯の関心は, 建築そのものの構造的美ではなく, そこに付着する「都市の痕跡」, すなわち広告ポスター, 看板, 文字, 汚れといった二次的要素に向けられていた.この傾向は1927〜1928年にかけて集中的に制作された「広告」連作——『街角の広告』や『ガス灯と広告』を含む——に顕著であり, ポスターの色彩や文字が画面のリズムを支配する構成が特徴である.
『テラスの広告』において描かれるのは, パリのカフェ・テラスとその周囲の壁面である.テラスという半屋外空間は, 都市生活の社交性と匿名性とが交錯する場であり, そこに貼り重ねられた広告ポスターは, 都市の情報の氾濫と時間の堆積とを象徴する.佐伯はこのモチーフを単なる風景描写としてではなく, 視覚的断片の集積として捉えている.壁面に無造作に貼られたポスターは剥落し, 重なり合い, 文字は断片化される.その結果, 意味を伝達するはずの言語はむしろ解体され, 純粋な形態として画面上に躍動する.
この「文字の絵画化」は佐伯芸術の核心に位置する.初期作品では広告はあくまでモチーフの一部であったが, 次第に文字そのものが画面構成の主体へと変化し, 線として, リズムとして機能するようになる.鋭く走る筆致によって描かれた文字は, 単なる記号ではなく, 絵画的エネルギーを帯びた筆跡として自律し, 画面の緊張を形成する.
色彩においても, 『テラスの広告』は特徴的である.佐伯はしばしば褐色や灰色といった沈んだ地色の上に, 赤・青・白といった強烈な色彩を衝突させる.この対比は, パリの曇天や古びた石壁と鮮やかな広告ポスターとの現実的対照に由来すると同時に, 都市の内部に潜む生命力と退廃とを同時に表現する装置でもある.広告は本来, 消費と欲望を喚起する装置であるが, 佐伯の画面においてはむしろ剥がれゆく紙片として, 時間の経過と死の気配を帯びている.
構図的には, 画面は圧縮され, 遠近法的な奥行きは弱められている.テラスの空間は奥へと開かれるのではなく, 壁面と広告によって視覚的に塞がれ, 観者の視線は画面の表層に引き留められる.この平面化の傾向は, ポスターの重なりによる層状構造と相まって, 絵画空間を「読む」対象ではなく「見る」対象へと変質させる.すなわち, 意味内容よりも視覚的衝撃が優位に立つのである.
さらに重要なのは, この作品における都市の時間性である.広告ポスターは本質的に一時的なものであり, 貼られては剥がされ, 上から新たな紙片が重ねられてゆく.『テラスの広告』に見られる幾層もの紙の重なりは, 都市の時間が物質として堆積した状態を示している.そこでは現在と過去が同時に可視化され, 時間は直線的な流れとしてではなく, 層として経験されるのである.こうした時間感覚の切迫性は, 1928[昭和3]年にわずか30歳でパリにて客死した佐伯の生涯と切り離して論じることはできない.
参照:日本美術史
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
