

ベラルーシ出身でフランスで活躍したマルク・シャガール[Marc Chagall;1887-07-07/1985-03-28]による1924年の作品.オランダのアムステルダムにあるステデライク美術館[Stedelijk Museum]所蔵.
窓辺のイーダは, 20世紀における詩的象徴主義絵画の精華として位置づけられる作品である.作家固有の内面的象徴体系と, 個人的記憶・民族的記憶の重層が濃密に結晶したこの肖像は, 肖像画というジャンルを超え, 時間・記憶・愛惜の交差点として構築されている.
描かれているイーダとは, シャガールと最初の妻ベラ・ローゼンフェルド[Bella Rosenfeld, 1895–1944]との間の一人娘, イーダ・シャガール[Ida Chagall, 1916–1994]である.彼女は単なるモデルではなく, 作家の私的宇宙において, 亡き妻ベラの記憶を媒介する存在でもあった.ベラの死[1944年]以降, イーダは父の作品管理者・協力者として深く関わっており, この肖像における彼女の存在は, 父と娘の絆と同時に, 不在の母の面影を内包する複層的なものとして解釈されるべきである.
窓辺に腰掛けるイーダの姿は, 外界と内面, 現実と記憶とを接続する境界的位置に置かれている.シャガールにおける窓のモティーフは, 単なる建築的要素ではなく, 異なる次元の往還を可能にする象徴的装置であり, 本作においても窓外の青みがかった風景は, 記憶と夢想の領域へと連続するものとして機能している.人物の視線は窓外へと向けられ, 鑑賞者との直接的接触を拒むかのような内省的性格を帯びており, ここで提示されているのは現前する個人ではなく, 時間の中で再構成された「記憶としてのイーダ」である.
構図において特に注目すべきは, 画面左前景に配置された花束である.赤・黄・橙の鮮やかな色彩を持つこの花束は, 深青とグレーが支配する画面全体に対する唯一の暖色的対照点として機能し, イーダの人物像と視覚的対位を形成している.シャガール芸術において花束は生涯にわたる中心的モティーフであり, 愛・生命・喜び・そして喪失の記憶と分かちがたく結びついている.ベラへの追悼として描かれた数多くの作品における花束の意味を想起するならば, イーダの傍らに置かれたこの花束は, 娘の存在を通じて召喚される母の記憶の象徴的表象として読みうるものである.
色彩の運用においては, 全体を支配する青とグレーの寒色系が, 感情的・心理的な深みの視覚化として機能している.シャガールの青は, ユダヤ神秘主義[カバラー]における神聖・超越の象徴とも, 彼のヴィテブスク時代からの記憶の色調とも連関し, 単なる感覚的効果を超えた象徴的重みを担っている.この寒色の世界に花束の暖色が穿たれることで, 喪失と生命, 過去と現在の弁証法的緊張が画面上に生起する.
様式的には, フォーヴィスムおよびロベール・ドローネーのオルフィスムから学んだ色彩の自律性と, サロン・キュビスムとの交流から得た空間処理の変容とが統合されている.ただしシャガール自身は, シュルレアリスムとの同一視を明確に拒絶しており, 夢幻的な画面構造はシュルレアリスムの教義的枠組みではなく, ハシディズム的な精神性とヴィテブスクのユダヤ的生活世界に根ざした固有の詩的論理から生まれたものとして理解されるべきであろう.
なお,ステデライク美術館が2015年から2019年にかけて実施したマルク・シャガール研究プロジェクトにより,別の作品『サファドのシナゴーグ内部[Interior of a Synagogue in Safed,1931]』のキャンバスを赤外線で調べたところ,その下にこの窓辺のイダと酷似した構図の下書きが見つかっている.この下描きは,1924年版の窓辺のイーダを制作する際の習作[エチュード],あるいはその別バージョンを描こうとして途中で断念したものと考えられている.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
