

ドイツ人の画家・彩色師・素描家であり,ステンドグラスの下絵制作も行ったガブリエル・ドレーア[Gabriël Dreher,c.1580 – 1631]による作品.おそらくミュンヘンのペーター・カンディートとフリードリヒ・ズストリスの工房で修行を積んだと考えられている.1603年にメミンゲン市の市民権を拒否された後, シュールに移り, 1604年から1606年の間に三点の絵画を制作した.1607年にはオットーボイレンのベネディクト会修道院で親方[Meister]として確認され, 1622年にはシュタイアーマルク州のアドモント修道院に移り, 没するまで同修道院のバロック化工事を主導した.本作品は彼がシュールに滞在した時期[1604 – 1606]に制作された可能性が高く, その主題には地域と深く結びついた聖人が選ばれている.
本作品の主題は, 福音記者ルカ, 聖母マリアと幼子イエス, そして地域的聖人フロリヌスという三者の結び付きによって構成されている.図像的中心は聖母マリアと幼子イエスであり, その傍らに聖ルカが描かれるという構図が採用されている.
聖ルカは新約聖書の『ルカによる福音書』および『使徒言行録』の著者とされる人物であるが, キリスト教美術の伝統においては画家の守護聖人としても崇敬されてきた.中世以降の伝承では, 聖ルカが聖母マリアの姿を描いた最初の画家であると信じられており, この伝承に基づいて「聖ルカが聖母子を描く」という図像が広く制作されてきた.ルネサンス期およびバロック期のヨーロッパでは, 多くの画家がこの主題を自らの職業的正統性を象徴する題材として取り上げた.本作においても聖ルカは画家としての姿で表され, 聖母子を前にして制作を行う人物として表現されている.
聖母マリアと幼子イエスはキリスト教美術の最も重要な主題の一つであり, 母と子の親密な関係を示す姿として描かれる.聖母子像は信仰の対象であると同時に, 神の受肉という神学的概念を視覚化する役割を担う.聖ルカがこの聖母子像を描くという設定は, 聖像の起源が使徒時代にまで遡るという思想を象徴するものであり, キリスト教絵画の正統性を示す意味を持つ.
作品に登場するもう一人の人物である聖フロリヌス[Florinus]は, 殉教者である聖フロリアン[Florian of Lorch, – 304]とは異なる人物である.レミュースのフロリヌス[ – 856]は, 現在のスイス・グラウビュンデン州からオーストリア西部チロル地方にまたがるアルプス地域において崇敬されてきた司祭・告解者・奇跡行者であり, シュール教区の守護聖人として知られる.ドレーアがシュールに滞在した時期と重なることから, 本作における聖フロリヌスの登場は, 作品が特定の地域社会または教会の注文・信仰と深く結び付いていることを示している.
このように, 聖ルカによる聖母像制作という主題は画家の守護聖人崇敬と芸術の正統性を象徴し, そこに地域的守護聖人である聖フロリヌスを組み合わせることで, 普遍的信仰と地域的信仰を同時に表現する構図が形成されている.作品は宗教的敬虔さと芸術家の職業意識を結び付ける図像体系の中に位置付けられるものであり, かつシュール[現クール]という地域的文脈において制作された可能性の高い, 具体的な信仰と注文の産物でもある.
'Beauty is truth, truth beauty,'-that is all Ye know on earth, and all ye need to know.
John Keats,"Ode on a Grecian Urn"
