プリンスの森から

武蔵村山

武蔵村山市は紛れもなく東京都に属している。
北には西武球場と西武遊園地のある埼玉県の所沢市と境を接し、東は同じく東京都の東大和市に、西は同じく瑞穂町福生市に、そして南は砂川闘争で知られる砂川を抱える立川市に接している。
丁度、狭山湖こと山口貯水池、多摩湖こと村山貯水池の南辺りに位置しているというと分かり易いだろうか。
ちなみに、在日米軍の基地である横田基地は敷地の一部が村山にある上に、横田という地名は紛れも無く村山の地名。
そのために、ムサムラっ子が、武蔵村山で青春を過ごした人間は、東大和市を隔てて、本家の我が村山の東に位置する東村山市と区別するために自分の町をムサムラと呼ぶ、でそのムサムラっ子がムサムラ(武蔵村山"市")をノン・ムサムラーに紹介する場合には、米軍の横田基地と日産自動車村山工場のあるところと説明していた。
しかし、しかし、悲しいかな、日産自動車村山工場はゴーン氏の時代になって2001年3月30日で長い歴史に幕を降ろした。
そうすると、ムサムラっ子の説明も変わらざるを得ない。
昔、中学校の音楽のサイトー先生が命名?した『東京のチベット』という陸の孤島を意味する言葉も自己紹介に使われる。悲願の多摩都市モノレールが1998年11月27日に「立川北 - 上北台」、2000年1月10日に「多摩センター - 立川北」間で開業した後も、その路線は武蔵村山をかすめるだけで武蔵村山には駅がない。西武拝島線の駅で「武蔵砂川」という駅があり、この「武蔵」は紛れも無く武蔵村山の「武蔵」なのであるけれども、駅は立川市にあり武蔵村山からは遠く隔たっている。加えて、その自転車置き場は駅前の立川市民専用駐輪場と駅から数100メートル隔てられた武蔵村山市民用駐輪場とに別たれていて不便極まりない。
この通り、武蔵村山には『東京のチベット』という形容詞が憎いほどぴたりとする。
この先も、鉄道を通すということに掛かる巨大な金額と鉄道を利用する人の数ということを考えると容易には鉄道は武蔵村山の中にはやってこないだろうから、ずっと『東京のチベット』という武蔵村山の定冠詞は変わらないだろう。
周辺は「となりのトトロ」の舞台となったとしても知られているし、七国山病院は東村山の「新山手病院(旧保生園病院)」との説もあるが、 1947年に陸軍病院から結核療養所に転換した「国立療養所村山病院(現村山医療センター)」こそがモデルなのだとする説もある。
実際もモデルが村山病院ではなかったとしても、周辺の環境は自然一杯であったことには変わりがない。残念ながら、現在は急速に住宅が建ち始めていて、自然が一杯ということにはなっていないのだけれども。
ともあれ、武蔵村山とは、そういう所なのである。